インサイドターンとアウトサイドターン
具体的にサルサで使われる術語を挙げながら、 そのカオスぶりを少し眺めてみましょう。
最初に取り上げるのは「インサイドターン」。 サルサでは初心の次くらいに習うごく基本的な動きです。
on1 や on2 のサルサはクロスバディ・スタイルあるいはスロット・スタイルとも呼ばれ、 キューバンやメレンゲと異なり「スロット」 と呼ばれるフロア上の架空の線分をフォローが移動するという合意があります。
このスロット線上にフォローが移動しながら左回転するパートナワークが インサイドターンで、 比較的サルサ界隈では通用している用語です。 逆に右に回りながらスロットを移動するのがアウトサイドターン。 このように教えられるのですが、 なぜインサイドが左回りでアウトサイドが右回りなのか。
この手の記述的な英語の名称を持つ動きは大概がボールルーム由来かスウィング由来。 インサイドターンやアウトサイドターンという言葉も やはりスウィングダンスで使われるようです。
パートナダンスを離れて一般のダンス用語としては「インサイド」と「アウトサイド」 という言葉は明確な定義があります。 インサイドターンというのは片脚で回るターンで、 自由足が軸足の前から内回りで反対側に回るターンのこと。 アウトサイドはその逆の外回りです。 バレエではアンドゥダン・アンドゥオールとフランス語で呼び、 内旋・外旋と訳されます。 つまり、左足軸なら左回転がインサイド、右回転がアウトサイドになります。 逆に右足軸なら右回転がインサイド、左回転がアウトサイドという訳です。
ところがどういう事情かサルサのコンテクストでは インサイドターンとはスロットを移動しながら左に回る動きのことを指し、 右に回るインサイドターンは決してありません。 同様に左に回るアウトサイドターンもないのです。 上でみたように本来、インサイド・アウトサイドというのは左右の問題ではないのですが、 サルサにおけるトラヴェリングターン(移動しながら回るターン)は、 フォローが前に出した左足に体重移動して軸足とし、 そこで回転を始めるターンなので左回転の場合はインサイド、 右回転の場合はアウトサイドになるのです。 実際には、フォローは回転しながら3歩踏んでいるので、左回転の場合、 インサイド・アウトサイド・インサイドと回っているはずなのですが、 この移動しながら回るという含意まで含めてインサイドターンと呼び習わしています。 確かに回転の大部分はインサイドターンではありますが、 厳密には不正確な表現と言わざるを得ません。
最近ではこれらの表現を避けて、 インサイドターンのことを「トラヴェリング・レフトターン」と呼び、 アウトサイドターンを「トラヴェリング・ライトターン」と呼ぶインストラクタもいます。 あるいは「クロスバディ・リード with レフトターン」あるいは、 「クロスバディ・リード with ライトターン」と呼ぶことも。 これらはより説明的な名前ですから混乱は少ないかもしれません。
ちなみに、西洋ダンスの基礎であるバレエはアンドゥオール指向、 つまりアウトサイド方向のターンが華とされます。 そもそも立ち方がガニ股(アンドゥオール=外旋)ですね。 左右の区別ではなく外回りの方が内回りよりも指向されるということです。
左右ということでいえば、 メレンゲは素朴であまりスタイル化が進んでいないパートナダンスなので、 リードが右手でホールド組んだときに自然に回りやすい方向、 つまりボールルームで「ナチュラル」と呼ばれる右回りが正方向という感じがあります。 サルサの場合は基本パタンであるクロスバディ・リードがベースにあるため、 左回りが正方向かなという印象です。
もちろん、メレンゲだってサルサだって左右どちらにも回るのですが、 左右や陰陽や天地や明暗など、 あらゆる二元論には非対称な役割の強弱があるように、 パートナワークの運動原理としてどちらがより前景かという話に過ぎません。 ずっと右に回りつづけてサルサを踊ることも、 オススメはしませんが、やろうと思えばできます。
バックスポットターン
さて、次は「バックスポットターン」と呼ばれる動きです。 これもまた混線した命名の代表格。 サルサの初級パタンでソーシャルでもよく使われ、 リードとフォローがホールドしたまま一緒に右回転のステップを踏む動きをいいます。 オープンブレイクからの勢いで組むパタンも多いです。
そもそもの「スポットターン」という言い方は ボールルームでは明確な定義を持った術語で、 教科書的には 「男子又は女子が左又は右へ円を描きながら3歩前進するもの、 又は一方の足を中心として回るソロターンである」と定義されています。 そう、これはソロターンの名前。 派生的なパートナワークのパタン名としては、 両者がそれぞれ相手を目の前にしてその場で回るものを指す場合もありますが、 ホールドした状態で一緒に回るという含意はありません。 サルサでいうところのバックスポットターンとは全く別の動きです。
おそらくサルサの現場では「バックスポットターン」が最も通用する名称ですが、 この動きはそれ以外にも様々な名前で呼ばれています。
ある人は「カルーセル」と呼び、 別の人は「ウィップ」と呼び、 カシーノの用法では「アディオス」とか「プリマ」と呼ばれ、 ボールルーム由来で「ナチュラルトップ」と呼ぶケースがあり、 ひどい場合は「ピヴォット」と呼ぶ人までいます。 ほとんど何をいっているか分かりません。 日本語環境だと「バック」がとれて単に「スポットターン」と呼ばれることも多いようです。 これでは上のボールルームの用語との混乱が激しく、かなり厄介。 さらにこの動きはリンディホップのベーシック動作そのものなので、 「スウィングアウト」とか「リンディターン」と呼ぶ人もいます。
このように、こんなにごく初級の基本パタンでさえ、 呼び方が安定しないのがサルサの混沌ぶりをよく示しています。
明日に続きます!