DJ の腕はメレンゲで分かる
昨今のパーティでは、 イヴェントの告知時点で前もってどのジャンルの曲が どれくらいの割合で掛かるのかを明示されています。 コングレスやフェスティヴァルなどの大型イヴェントでは最初からルームが分かれていて、 マンボルームではひたすらマンボ、 バチャータルームでは延々バチャータのみがひたすら回されるのが普通になりました。
踊り手側の趣味や嗜好も細分化しています。 マンボ100パーセントとかバチャータ100パーセントといったイヴェントまであって、 なかなか複数ジャンルのダンスを上手に混ぜてスピンする機会は減っているかもしれません。 似たようなスタイルの人が似たような期待を持って集まるパーティなら、 踊り手にとっても慣れないジャンルの曲や 予期せぬ人を相手にしなくてよいので合理的で都合がよいということになります。
こうした特定ジャンルに限定した場でのスピンというのは、 荒々しくいい切ってしまえば、 ダンサに人気の曲をランダムに掛けておくだけでも充分なんですね。 一度ヘヴィロテ曲と流行りの曲を集めたら あとはそのプレイリストをシャッフルするだけで事足ります。 一度に踊れる人数より参加者の数が多いならどんなふうに並べたってフロアは埋まります。 むしろ、変な小細工はしない方がいいし、 ラストの数曲くらいまではひたすらキラーチューンのみでまくしたてるという方が ダンサの満足度も高いかもしれません。 実際そういう DJ さんたちが公民館やスタジオ系では人気になっています。
一方で、ある時期までのクラブスタイルではフロアでサルサだけが掛かるということはなく、 バチャータやメレンゲも一定の割合で掛かりました。 場合によってはそこにチャチャやクンビア、ソンやレゲトンなどもときどき混ざる、 というのがオーセンティックなスタイル。 サルサのサブジャンルもラテンジャズ・ロマンティカ・キューバン・ドゥーラと、 様々なタイプの楽曲が適度に混ざる。 このオールミックスないしオールラテンミックスと呼ばれる方法でスピンし、 時間帯や客筋に応じて柔軟に按配を変えながらフロアのヴァイブスを統御する、 というのがサルサクラブのレジデント DJ さんたちの腕の見せ所でした。
オールミックスのよい点は第一に誰にも開かれているということ。 キューバンの人もマンボな人も、 あるいはバチャータ好きの人でも誰でも参加できるパーティです。 そして、肝腎なのはこれらの異なる趣味の人たちが混ざり合う場であるということ。 ラテンダンスの文化はクレオリテ、その混淆性が核心です。 似た者同士で集まるのは心地良いですが、 ともするとそうでない人を排除する構造になりがち。 少しオープンマインドになって、自分と違うタイプの人とも踊ってみる、 というのもとても楽しいはずなんですが、いかがでしょうか。
オールミックスは初心者も上級者も、日本人も外国人も、 ホームスタイルの人もレッスンスタイルのダンサも来るパーティなので、 いろんなジャンルの曲を絶妙な順番・タイミングで回す技量が求められます。 このときに極めて役に立つのがメレンゲ。 ラテンダンスフロアのメインジャンルであるサルサ、 場を落ち着かせる機能のあるバチャータに対して、 劇的に場の雰囲気を変えることのできるスパイスです。
だから、 DJ の腕はメレンゲの選曲と差し方で分かるんですね。 フロアの空気をしっかり掴まえて、 どのようにヴァイブスを作っていくかという明確な意識がなければ、 いいタイミングでそのフロア向きのメレンゲを差すことはできません。
とはいえ、ジャンル別のスピンばかりしているという DJ さんにとっては、 メレンゲをよく知らないから何を掛けていいか判断できないし、 差し方なんて分からない、という声が多いのも仕方のないこと。 そこで今回はメレンゲパニック流オールミックスにおける メレンゲの掛け方・差し方をご紹介します。
キラーメレンゲ12選
では早速キラーメレンゲ12選、 メレンゲに自信のない DJ さんも これさえレコードボックスに入れておけばまずメレンゲには困らない、 という様々なニーズに応えられる厳選セットリストを先にご紹介します。
- Fernando Villalona Ft Johnny Ventura / Cuando Suena La Tambora (2:57) [133BPM]
- Mi Estrella / Be Crazy Ft Johnny Ventura (3:51) [140BPM]
- El Jardinero / De Arriba Sound Ft Wilfrido Vargas (4:00) [127BPM]
- Merengue Que Aloca / Wilfrido Vargas (3:56) [148BPM]
- Como Yo / Juan Luis Guerra (3:26) [130BPM]
- Las Avispas / Juan Luis Guerra (3:17) [130BPM]
- Oye / Rasputin (4:28) [136BPM]
- Yo Quisiera Ser / Manny Cruz Y Miriam Cruz (3:31) [134BPM]
- Nadie Como Tu / The New York Band (4:34) [131BPM]
- Tu Eres Ajena / Eddy Herrera (4:55) [133BPM]
- Niña Bonita / Chino Y Nacho (3:35) [120BPM]
- Suavemente / Elvis Crespo (4:26) [124BPM]
- El Tiburon / Proyecto Uno (4:59) [130BPM]
- Azul (Merengue Version) / Cristian Castro (4:14) [134BPM]
- Como No Amarte / Gabriel ft Olga Tañón (4:24) [130BPM]
- Ta Afixia / Yovanny Polanco (4:21) [170BPM]
以降の議論ではこれらの12曲をどう使えばよいか、 DJ 論にも少し触れながら考えてみましょう。
並べ方の基本
スピンの構成についての考え方は各 DJ さんごとにそれぞれ思想・哲学があるでしょうが、 ごく初等的な基本としていえるのはパーティ全体のストーリィを作る、ということ。 起承転結や序破急、あるいは緩急ということですね。 パーティ全体の流れを通じて盛り上がる場所と落ち着かせるところを作り、 その振幅を段々大きくしていって最後のクライマックスに至る。 こうすると選曲の流れにメリハリがつき、 ただランダムにプレイリストを掛けているだけの選曲とは大きく差をつけることができます。
そうするとまずは曲を上げる曲と下げる曲、 アッパ系とダウナ系の2系統に分けて考えることになりますね。 直球と変化球、散逸と構造、前景と後景、メインディッシュと箸休め、 ストレートとジャブ、第1アクセントと第2アクセント、火と水、緊張と弛緩。 何と呼んでも構わないのですが、 こうしたコントラストのはっきりした二元論を軸に考えていきます。
まず、ジャンルのことでいえばサルサとメレンゲ・バチャータという分け方。 かつてはメレンゲとバチャータは一括りにされることが多かった、 というと最近の人は驚くでしょうか。 実際、メレンゲとバチャータはどちらもサルサの箸休めに 踊るチークダンスだと考えられていました。 最近のバチャータはサルサ以上に忙しく踊る人も多く、 まったく箸休めどころではなさそうですが、 音楽そのもののテンポや複雑さでいえばサルサやメレンゲに比べて緩いので、 とりあえずバチャータを弛緩のカテゴリに入れておきます。
したがってサルサとバチャータを一定の割合で交互に並べるというのが 基本になる訳ですが、ここまでは多くの人が納得できるのではないでしょうか。 ただ、その割合についてはいろんな考え方があると思います。 サルサが直球、バチャータが変化球と考えると分かりやすいと思いますが、 本格派なら直球主体、軟投派なら変化球主体で組み立てられます。 サルサ3対バチャータ1にする場合もあれば サルサ6対バチャータ2というパタンもあるでしょうし、 サルサ2対バチャータ1あるいはサルサ4対バチャータ2、 その変化でサルサ5対バチャータ2、みたいなケースもよくあるパタンだと思います。
基本的にはアッパ系の割合を大きくするというのが筋がいいでしょうが、 バチャータだって全部が全部ダウナじゃない、 という考えで選曲することもできないことはないでしょう。 音楽としての複雑さという点でバチャータはサルサに比べて どうしても情報量が少ないですから、 ダンサ本意のスピンという原則と合わせて DJ さんがどう折り合いつけるのか、考える必要があります。 ドゥーラとロマンティカ、BPMの速い曲と遅い曲、 複雑な曲と単純な曲といった使い分けを意識するなら、 サルサだけでも充分コントラストが作れます。
さて、もう少し大きな粒度で考えるとパーティ最初の30分くらいはレッスン明けタイム。 習ったことの練習をしたい人もいるだろうし、 それほど人もまだ集まっていない可能性が大きいということで普通は比較的ライトな、 つまりキラーチューンではないがオーセンティックな曲を掛けるのが基本。 特にレッスンで扱われたジャンルを多めに掛けるのがレッスン参加者に優しい選曲といえます。 この時間帯では掘り立てのマニアックなトラックや新譜などは避けた方が無難です。
パーティのメインとなるのは開始30後くらいから終了30分前くらいまで。 ここはまさにメインディッシュをどしどし提供してあげればいいのですが、 この時間でも上げる35分、下げる15分の往復(1セッションを50分くらいに設定) を意識するとメリハリがつくと思います。 上げる時間はヘヴィロテ曲やみんなが知っている名曲、 初聴でも踊りやすいノリのいい曲を中心に、 下げる時間はやや実験的な掘ったばかりの曲や難度の高い名曲を撒き餌してみるなど、 それぞれに創意工夫ができると思います。 上げっぱなしは単調だし、下げっぱなしではヴァイブスが失われてしまいますから、 上手く流れを作れるといいと思います。
上げ下げの割合も難しい選択ですが、 ここでも上げの時間を長めにとるのが基本だと思います。 また、粒度の単位をどの程度に設定するかも DJ さんごとの個性。 1時間くらいで1セッションと考える人が多いように思いますが、 30分単位でモードを作る人もいれば上記のように50分、 場合によっては80分くらいの人もいると思います。 パフォーマンスや MC 、 DJ 交代がある場合などはその辺りも考慮が必要ですね。
ちなみにこの50分から60分というのは平均4分ちょっとから5分程度のトラックで 12曲分になります。 これくらいの単位で中粒度の上げ下げを考えると緩急あるスピンになりやすいと思います。
このメインパートはパーティの長さや DJ の枚数によって何回繰り返すかが変わってきますが、 基本としては繰り返す度にだんだん全体的な盛り上がり・強度を高めていくというのが 分かりやすい方略。 こうした基本の型を持っておき、 状況やパーティの趣旨によって臨機応変に変化させられるようになると、 並べ方の上手い DJ といわれるようになるのかなと思います。
ちなみに、 フェスやコングレスなどの大き目のイヴェントでは下げ曲は不要、 ずっと全速力のキラーチューンでよいという意見もあります。 というのも、こうしたイヴェントでは初顔合わせや久々の再会で踊る人たちも多いので、 ダンサには曲を選んでいる余裕がないからです。 どんな曲を掛けてもフロアは埋まってしまいます。 このため、大型イヴェントでは並べ方の個性が出しにくいケースも多く、 フェスで聴いてあまりピンとこなかった DJ さんが ローカルシーンで聴き直したらとてもよかった、ということも起こります。
こうした大型イヴェントの場合は並べ方とかセンス云々よりも むしろレッスンのサポートやパフォーマンス曲の音出しがぬかりない DJ の方が評価されやすい傾向があります。 出囃子や MC 中の BGM 、パフォ後の退場用リフレインなどをせっせと準備していたり、 イレギュラなキュー出しでも失敗しない安定感があるなど、 器用な対応ができる DJ さんがオーガナイザ目線では重宝するようです。
ともあれ、一般のパーティではいろんな人がいろんなタイミングでやってくるので、 DJ さんはフロアの動向をウォッチし、 適切なときにセッションのモードチェンジをしていくことになります。 そして、このモードチェンジの合図としてメレンゲを差す、 これがオールミックスにおけるメレンゲのごく初歩的な使い方といえます。 つまりメレンゲを全体の流れの句読点、ディスコースマーカとして使う方法です。 民放放送における CM のようなもので、 トイレに行ったりドリンクを注文に行ったりする機会を明示的に提供することができます。 メリハリを付けられるしドリンクの売上も立つ、一石二鳥ですね。 そして、メレンゲを掛けるということの最大のメリットは、 フロアを攪拌する力があるということ。実は一石三鳥なんです。 このフロアを混ぜる効果ということは後ほど考えてみましょう。
この考え方ならおおよそ1時間に1曲メレンゲが掛かる、ということになりますが、 これもパーティの様々な条件に応じて変化させることができるでしょう。 メレンゲを差すのは4時間くらいのパーティだと2曲か多くても3曲。 実際、オールミックスパーティにおけるメレンゲの割合としては妥当だと思います。 メレンゲ加減は料理における火加減・塩加減のようなもの。 これ以上掛けるとメレンゲがくどいなという感じになるし、 全くメレンゲなしのパーティは塩を入れ忘れたソースのように味気ない。 何事もバランスが大事です。
ですからメレンゲは12曲も準備しておけば充分すぎるくらいなんですね。 では、曲ごとの解説とそのスピンでの使いどころも見ていきましょう。
明日に続きます!