メレンゲはベタに限る
普段からメレンゲを聴かない人には意外に思うかもしれませんが、 メレンゲというのは近接ジャンルとのクロスオーヴァも多く、 音楽としての幅はサルサに負けず劣らず広いジャンルです。 ですから、メレンゲの中にはかなり尖った曲も多く、 ディガ目線で面白いトラックもいろいろあります。 このため、 普段からメレンゲを掛けている訳ではない DJ さんが気紛れに1曲メレンゲを掛けてみよう、 なんてことになると「なんじゃそりゃ」というメレンゲになってしまうことはよくあります。
この「なんじゃそりゃ」には2つの意味があって、 ひとつは音楽的に尖り過ぎているという意味、 もうひとつはパートナダンスで踊りにくいメレンゲだというケースです。
サルサやバチャータなど、 特定の決まったベーシックが分かっているジャンルの音楽以外を パートナワークで踊ろうとする場合、 おそらくメレンゲのステップで踊ることになります。 ベーシックステップが2拍子であるメレンゲのステップは 2/4拍子や4/4拍子でカウントできるなら、 ほとんどどんな曲でも踊れるからです。 だからスカやカリプソやラテンポップが掛かった場合、 無理矢理ふたりで踊ろうとするならメレンゲステップしかありません。 馴染みがない人の場合、クンビアやプレーナでもおそらくメレンゲになります。
このことが逆にメレンゲを掛けるつもりで全然違う曲を掛けている、 というケースを誘発します。 クロスオーヴァまで含めればギリギリメレンゲと認識できなくはない曲だとしても、 ただでさえそれほど掛からないメレンゲで冒険する必要はなかろうと思います。 メレンゲを挟む、というだけで既に充分ユニークなのですから、 メレンゲを掛けるときはパートナダンスに向く、 ごく普通のベタなヘヴィロテ曲を掛けましょう。 その方が踊り易いし、メレンゲを掛けるの効果も充分に期待できます。 先にも議論したようにメレンゲはパーティの中で多くても2,3曲くらいしか掛かりませんから、 毎回スピンのたびに同じ曲を掛けたとしても飽きられるということはまずありません。 むしろ、ジャンル自体が珍しいので、 決まったヘヴィロテ曲を毎回掛ける方がダンサにとっても親しみが湧きやすいと思います。
フロアをかき混ぜることの重要性
ところで、 お店の売上を考える場合、 できるだけ多くの人が順番に踊って休んでを繰り返してくれるのが、 一番ドリンクが売れやすいというのは想像できますね。 この観点でいうと DJ さんはずっと坐りっぱなしの人を立たせる必要がありますし、 ずっと踊っている人をときどきカウンタや椅子に差し戻さなくてはいけません。
一般的なサルサクラブのビジネスモデルでは入場料とドリンク代しかお店に落ちません。 ですから、お酒やお水を飲んでもらわないと売上が立たないのです。 パートナダンスにとって唯一の不可欠なインフラはクラブなどのパーティ会場。 これがなくなることはそこで育まれていたローカルな文化が消滅することと同義です。 つまり、ダンサが守らなければならないのは箱。 その売上に貢献する方法は基本的に通うことと飲むことしかありません。 そういう意味では DJ さんは売上が上がりやすくスピンするのが責務ともいえます。
しかも、多くのダンサが順番にフロアを使っている状態というのは、 踊る人たちにとってもフェアで満足感の高まる方法。 フロアをかき混ぜる、という意識はとても大切です。
メレンゲはフロアを綺麗にする
メレンゲの特筆すべき効果はフロアの主役が交代する選曲であるということ。 メレンゲは外国人や初心者やホームスタイルの人が踊りやすいジャンルであり、 スタジオで訓練されたダンシングマシンたちにドリンクを飲む機会を与えます。 また、初心者が踊りやすいという点は、 上級者にとってもメリットがあります。 初心者さんと踊りたいと思ってもいきなりサルサというのは技術的にハードルが高いし、 最初からバチャータというのも遠慮してしまいます。 そうなるとメレンゲが掛かったときというのは一番上級者が 初心者さんを誘いやすいタイミングなんですね。 あるいは見慣れぬ訪問者の人がいた場合もまずメレンゲで踊ってみる、 というのはとてもよい歓待になるのではないでしょうか。 相手のスタイルも技量も気にせず誘ってみることができます。
ちなみに、メレンゲを最初から最後まで踊る必要はありません。 一番のハイライトは「マンボ」と呼ばれるホーンセクションの掛け合いですが、 前半の平歌の部分の間はトイレに行ったり、 カウンタでドリンクを注文してからで充分間に合います。 リードからしばしば漏れてくる不満、 「メレンゲだと間が持たないんですが」に対する素朴な対処法は、 最初から踊らないことです。 盛り上がってから踊り始めるなら2分くらいのメレンゲですし、 それくらいの時間であればベーシックを踏んでいるだけでも充分に楽しいと思います。 相手が初心者さんでも全くステップを踏んでくれない異邦の人でも、 2分間一緒にベーシックを踏むというくらいはそれほど大変な話ではありません。
ふたりで踊れる曲を掛けよう
- Fernando Villalona Ft Johnny Ventura / Cuando Suena La Tambora (2:57) [133BPM]
- Mi Estrella / Be Crazy Ft Johnny Ventura (3:51) [140BPM]
それでは具体的に各曲の特徴と差し方の例をご紹介します。 まずはエル・メレンゲこと Johnny Ventura がコラボしている2曲です。 最重要のメレンゲーロである Venntura ですが 実はフロアで掛けやすい曲が沢山あるか、というと実はそうでもありません。 テンポでいうと120から140くらい、 長さでいうと3分から4分半くらいまでのメレンゲが踊りやすいと思いますが、 Ventura の曲は速すぎたり遅すぎたりする曲も多い傾向にあります。 パートナで踊るというよりはソロダンスに向いているのですね。 それはある意味当然で、 Ventura のコンボはみんなで踊りながら 演奏していたのでした。
メレンゲを差す場合、 独り踊りの人たちが踊るための曲とパートナダンスを踊らせるための曲を分けて考える、 というのは重要なポイント。 Ventura の多くの曲はラティーノたちがたくさんいる場合に掛けると、 みんなが輪っかになってグラス片手に踊りはじめます。 その意味ではレゲトンやラテンポップに近い使い方ができるんですね。 一方で、パートナダンスを踊れといわれると踊れなくはないがちょっと苦しい、 そういう選曲になりがちです。
レゲトンやハウスっぽいメレンゲはソロダンスに向き、 サルサやバチャータっぽいメレンゲはパートナダンスに向く、 というのが原則です。
ここに挙げた2曲はどちらもふたりで踊りたいダンサに最適なメレンゲ。 メレンゲの重鎮 Fernando Villalona とのコラボは、「タンボーラが鳴るとき」、 というタイトルの通り、メレンゲらしいグルーヴを堪能できる名曲です。 Be Crazy との曲は少しテンポが速めですがノリノリでも踊れるし、 解釈によっては丁寧に踊ることもできるので初心者さんと踊る場合でも使える万能曲です。 実はまだベーシックがおぼつかない初心者さんと踊る場合は少し速め、 BPMでいうと140近辺の曲の方が踊りやすいように思います。 ゆっくりステップを踏む方がベーシックの地力が出やすいため、 ヴェテランでも意外に間が持たない人が多い。 BPMの下限は120代までにしておくのが無難でしょうか。
選曲のポイントとしては平歌・サビ・マンボがはっきりしている曲であること。 これはパートナワークを踊らせるときにとても重要です。 メレンゲはサルサに比較して手組みが単純になりがちで、 リードとしては同じパタンの繰り返しになるケースが多いのですが、 これにリード自身が飽きてしまいます。 曲自体に展開とメリハリがある場合は同じことをやっていても 自然と強弱やニュアンスの違いが生まれるので楽しく踊り続けられるんですね。 とりわけメレンゲのハイライトであるマンボ、ホーンセクションの掛け合いの部分で 「上がる」感じはふたりで踊るために重要な条件です。
メレンゲにはレゲトンやデンボウのように延々同じテーマを 繰り返すタイプの曲も少なくないのですが、 パートナダンスを踊るつもりのときにはこういうタイプはちょっと向かないかなと思います。 ですから DJ 目線で選曲する場合はホーンセクションの充実に注目しましょう。
名曲の現代版アレンジ
- El Jardinero / De Arriba Sound Ft Wilfrido Vargas (4:00) [127BPM]
- Merengue Que Aloca / Wilfrido Vargas (3:56) [148BPM]
続いてメレンゲ中興の祖 Wilfrido Vargas から2曲。 1曲目は De Arriba Sound とのコラボですが往年の代表曲の現代風アレンジですね。
メレンゲの名曲を掛けようと思う場合、 70年代や80年代のサウンドそのもので掛けるというのは なかなかハードルが高いケースがあります。 ついマニアックになりがちな DJ はビニールで 面白いのを発見するとそのまま掛けたくなりますが、 フロアで音の粒が立たないし展開としてもやや冗長になりがちな曲が多く そのまま掛けにくい曲が多いのも事実。 60年代や70年代のニューヨーク・マンボ専門の DJ さんたちは 割と平気でレコードの曲をそのまま流しますし、 マンボダンサの側にもこれを踊りこなしてこそ粋、 みたいな感覚もあるので掛けやすいかもしれませんが、 あくまでメレンゲは初心者さんが踊れることを重視したいので配慮が必要です。
1曲目の "El Jardinero" はゆったり目、 充分に作り込まれてメレンゲの奥深さも感じられるのですが、 四つ打ちも加えてあるトロピカル・メレンラップ風のアレンジで、 初心者さんにも上級者にも楽しめる作りになっています。
2曲目はかなり速めですがティピコの雰囲気もあると同時にホーンサウンドも加わっている1曲。 展開もメリハリもあるので普通にパートナダンスで踊れる曲です。 上げ下げの按配が秀逸でフロアのヴァイブスも上がる使える曲といえるでしょう。
ティピコについて
これは少し論争的なトピックで、後でもまた考えてみますが、 ティピコというのはメレンゲのクラシックなスタイルで、 ホーンセクションではなくアコーディオンがフロントを務める速めのメレンゲです。 音楽好きのラティーノや本格派風メレンゲ通がブースに寄ってくると 「ティピコ掛けて」と来るケースがある訳ですが、 なかなか一般のパートナダンサには踊りにくい。 そういう場合にどういう曲を掛けるかというのは DJ としての腕の見せどころでもあります。 純粋な意味でのティピコではないのですが、 こういう "Merengue Que Aloca" のような曲で逃げる、 というのも選択肢のひとつで、 その意味でも使える曲です。
明日に続きます!