来たるべき Juan Luis Guerra
もし本当にメレンゲについてどうやって選んでよいか全く検討もつかない、 でも何らかの理由でメレンゲをパーティで掛けねばならぬ、 そういう状況に置かれてしまったら、 DJ のみなさん、黙って Juan Luis Guerra のメレンゲを掛けましょう。 外れということはありません。
メレンゲを(そしてバチャータも)世界音楽の水準に押し上げた張本人であり、 現在に至ってなおその音楽的混淆を更新させている第一人者。 ジャンルの命運を背負ってクリエイティヴィティを発揮しながらも、 同時に踊りやすく掛けやすい、 庶民の目線でも美しい音楽を作り続けてくれている音楽家です。
- Como Yo / Juan Luis Guerra (3:26) [130BPM]
- Las Avispas / Juan Luis Guerra (3:17) [130BPM]
この2曲はどちらも130BPM、最も踊りやすいメレンゲのゴールデン・テンポになっています。 展開や盛り上がりも申し分ないですが、 歌も編曲も非常に藝が細かく、 さらっと聴くと簡単に聴こえますがどちらも工夫が凝らされたマスタピースです。
ここでは12曲という制約のために2曲だけを紹介するに留めていますが、 彼のアルバムに入っているオーセンティックなメレンゲはほとんどフロアで通用します。 このこと自体が驚くべきで、 彼は音楽家でありながら、 ダンサのことも考えて音楽を作ってくれていることが分かります。 普通、踊りやすい音源というのは水で薄めたヒット曲文法に従って 半自動的に作ったような曲が多いのですが、 Luis Guerra の場合、音楽性は極めて高度で複雑、 常に新しいテーマや実験を含んでいるのですが、 一切これみよがしなところがありません。 音楽を聴く耳がある人にもそうでない人にも彼の音源は踊りやすいのです。 こんなことができるのは本当に特別な才能と深い優しさ、 そして世界と音楽に対する愛があればこそでしょう。 Guerra の音楽は常に変わり続けながら、 本当に大切なものは変えずに歌い続けています。
ついでにこの2曲以外でいくつか重要な曲を挙げておくと、 まずラテン庶民にとっての準国家 "Ojalá Que Llueva Café" 、 痛烈に商業主義を批判した大ヒットナンバ "El costo de la vida" 、 フロア向きの人気曲なら "La Travesia" 、"La bilirrubina" 、 "Visa para un sueño" と、いくらでも挙げることができます。 バチャータやサルサにも重要な名曲が揃い踏みですから、 ラテン DJ なら Juan Luis Guerra のアルバムは一通り揃えておいて損はありません。
Mambo 23
少し脱線すると、2023年の最新 EP "Radio Güira" のファーストトラック、 "Mambo 23" は新しいメレンゲの可能性をこれでもかと詰め込み、 現今のメレンハウスや電子バチャータ、 トラップやデンボウなどの様々な動きに応答した Guerra の傑作です。 「マンボ・メレンゲ」ないし「メレンゲ・デ・カイエ」 と呼ばれるジャンルを包摂しようとする意欲作で、 この曲を初めて聴いたとき、 Juan Luis Guerra の尽きることのない創造力と、 新しい音楽トレンドに対するとてつもなく優しい彼の対応、 メレンゲというジャンルの可能性を改めて信じさせてくれるその意志に深く感動しました。
トラップあるいはストリート系のデンボウの手組みで始まるイントロ、 そこから急にイマ風のバチャータ的パッセージに移りますが、 ここにさりげなく コロカンタ(コール・アンド・レスポンス)が入っているのがにくい。 普通のバチャータならギターが担当する裏メロをヴォーカルで代替することで バチャータから確かにアフロ=ラテンが臭ってきます。 続くパートではシームレスにメレンゲに移行、 メレンゲとバチャータがかつては仲のよい兄妹であったことを思い出させてくれます。 バチャータの特徴的なベースリズム(ハバネラ)を上手くぼかして メレンゲの4ビートなベースに繋いでいるのが秀逸なアレンジで、 ユニゾンのマンボに続くポリリズム感満点の ターナリなリズムが刻まれるブリッジも格好いい。 打ち込みのリズムさえ抱き締めるようなホーンセクションのグルーヴです。 BPMは150でバチャータとしてはかなり速め、メレンゲとしても速いテンポ。 ちゃんと踊ろうと思うときっと大変ですが、 狂うて踊るでもいいかという気にさせてくれるストリート感が引っ張ってくれます。
こんな曲を2023年に届けてくれることは僥倖といっていいでしょう。 我々がいまもなお、メレンゲを信じることができるというのはまさに Juan Luis Guerra のような本当に素晴らしいミュージシャン、 素晴らしいメレンゲーロが存在するからこそ。 メレンゲの価値を伝え、確認し合わねばならぬ、という義務感もまた、 こうしたミュージシャンのハードワークに応えねばならぬというところから発します。
音楽家が示してくれるメレンゲやバチャータやサルサの価値を、 ダンサだって共有したい。 それがメレンゲパニックの大事な動機のひとつです。
ちなみにこの曲はフロアで掛けるには難度が高すぎるので、 今回の選曲リストの趣旨からは外れます。 しかし、メレンゲを信じるダンサにとっては、 こんな曲が掛かったらどんなに疲れいていても飲んでいる最中でも フロアに(あるいはストリートに)飛び出して踊らねばならぬ、 そう思わせるほどの踊り狂 りの名曲です。
メレンゲ・ロマンティコ
- Oye / Rasputin (4:28) [136BPM]
- Yo Quisiera Ser / Manny Cruz Y Miriam Cruz (3:31) [134BPM]
- Nadie Como Tu / The New York Band (4:34) [131BPM]
- Tu Eres Ajena / Eddy Herrera (4:55) [133BPM]
さて、リストに戻りましょう。 一般的なパートナダンスでメレンゲを踊りたい人、 初心者や一見さんをウェルカムするつもりで踊りたい人にとって踊りやすいのは ロマンティコと呼ばれるメレンゲです。 メロディラインが綺麗でメリハリもあります。
"Oye" はラテン世界で大ヒットしたナンバで、 人生の小さなよきコトを並べて歌う人生讃歌。 ラティーノたちも大喜びになる曲です。
"Yo quisiera ser" は Las Chicas del Can のリーダ Miriam Cruz が Manny Cruz とデュエットしている曲。 ギターサウンドが爽快でメロディメイキングが秀逸、 思考以前に足がベーシックを踏み始めてしまう、 まさにパートナダンスのためのチューンです。
"Nadie Como Tu" はメレンゲ・ロマンティコの王道。 イントロはノンクラーベでジャンル不明、サルサかな、 バチャータかなと思うところにタンボーラが入ってくるドラマティックな展開です。 このイントロがドリンクへの誘いの効果もあるのでタイミングを狙って使いたい1曲です。 New York Band は踊れるロマンティコが多いので 気になる DJ さんはチェックしてみてください。
Eddy Herrera も Wilfrido Vargas の薫陶を受けた重鎮のひとり。 ここに挙げた "Tu Eres Ajena" 以外にもバイラブレなメレンゲを沢山歌っています。
人気のクラブソング
- Niña Bonita / Chino Y Nacho (3:35) [120BPM]
- Suavemente / Elvis Crespo (4:26) [124BPM]
- El Tiburon / Proyecto Uno (4:59) [130BPM]
- Azul (Merengue Version) / Cristian Castro (4:14) [134BPM]
よりクラブっぽい選曲をしたいならこの辺りのヘヴィロテ曲も要チェック。
"Niña Bonita" はベネスエラの男性デュオによるポップなメレンゲで 踊りやすいテンポの中では一番ゆっくりな部類ですが、 メロディのスムースさと明るい展開で楽しくパートナワークを踊れる1曲に仕上がっています。
次に、おそらく世界中のサルサクラブで一番掛かっているメレンゲではないかという説もある "Suavemente" 。 ゆったりしたテンポ、上げ切らない燻し銀のマンボフレーズがおしゃれで、 クラブっぽいヴァイブスがありながら重量のあるグルーヴが魅力の名曲です。 踊り方にもいろんな工夫ができますが、 ちょっと長めなのでドリンクを注文してから踊り始めても充分間に合う、 クラブ・メレンゲの王者です。
Proyecto Uno の有名曲 "El Tiburon" はパートナダンスとして踊れるギリギリのライン。 レゲトンあるいはメレンラップのフレーヴァが強く、 これ以上アップビート感ないし チャラやかさが強くなるとアゲアゲ過ぎてソロで踊るモードになります。 あるいは、この曲でも既にパートナとではなく 輪っかを作って皆で踊りたくなる人もいるでしょう。 逆にいえば輪っかで踊りたがっているサンドゥンゲーラスがいる場合は狙い打ちできる曲です。 ノリからしても深夜営業で回したい1曲ですね。
それから、往年のトーキョー・クラブスタイルのメレンゲの代表格といえば "Azul" 。 掛ければ必ず盛り上がる、 DJ の立場でいうとチート的選曲です。 メレンゲのリクエストがあったら "Azul" しか掛けない、 という人まで出てくるほどなのですが、この曲にはちょっとした論争もあります。
Azul 問題
この曲のオリジナルは2001年に Cristian Castro が歌って賞レースを総なめにした ラテンポップで、中南米ではこの原曲の方のイメジが強いんです。 したがってこのメレンゲヴァージョンは 「原理主義的な」メレンゲ愛好家からするとメレンゲではない、 などと批難されることがあります。
実際の曲を聴いてみると、冒頭のギターリフからとてもメロディアス、 流麗なメロディと分かりやすい盛り上がりでタンボーラのビートもしっかり利いた、 ちゃんとしたメレンゲにアレンジされていることが分かります。 マンボのフレージングもかなり気持ちいいんですが、 マンボ明けに転調がくる感じなんかがポップス感を残していますね。
Cristian はメキシコのポップ歌手なので、 オーセンティックなドミニカやプエルト・リコの メレンゲの系譜を受け継いでいる音楽を大事にしたい人が 云々いうのは心情的には理解できますが、 残念ながら度量が狭いというべきでしょう。
そもそもサルサやメレンゲは他ジャンルのカヴァーによって発展してきた音楽でした。 何度でも繰り返しますがアフロ=ラテンの核心は混淆すること。 周辺ジャンルとのクロスオーヴァやミクスチュアを当然とするのがメレンゲ流です。 この曲はポップ・メレンゲである、という指摘はできますが、 それが直ちに質の低いメレンゲであるということにはなりません。 ラテンポップのよい部分にメレンゲが接ぎ木されているのですから、 広義のメレンゲとしてカウントするべきです。 ですから、この曲をリクエストされたときに躊躇する必要はありません。 自信を持って素晴らしいメレンゲ "Azul" を掛けて上げましょう。
おまけの変化球2種
- Como No Amarte / Gabriel ft Olga Tañón (4:24) [130BPM]
- Ta Afixia / Yovanny Polanco (4:21) [170BPM]
最後に2曲だけちょっと変化球も挙げておきます。
1曲目はプエルト・リコのメレンゲ女王、火の女こと Olga Tañón が歌う メレン・ハウスです。
これまで紹介してきた曲と明らかに傾向が異なることが分かると思いますが、 EDM あるいはハウス系のメレンゲも掘れば沢山あるということで、 リストに入れてみました。 実際にフロアで掛けて楽しくパートナワークで踊れるかということですが、 "El Tiburon" と同じくギリギリのラインかなという感じですね。 これ以上 EDM 感が強くなると ソロダンスへの誘引力が高くなり輪っかで踊りたい人の方が多いかもしれません。
最後はティピコ。 メレンゲファンの中にはティピコ愛好家が一定数いますが、 オールミックスで1時間に1曲メレンゲ、レゲトンやトラップはほとんど掛けない、 くらいのスピンの場合には触れなくてもいいかなと思います。 ティピコはメレンゲの中の大事なサブカテゴリですが、 パートナダンスとしてのメレンゲを回したいという文脈ではやや優先度が下がります。 もう少し深夜系でラティーノ中心のパーティを回す場合なんかは ティピコも少し多めに準備しておくといいと思います。 この "Yovanny Polanco" はティピコの名手で様々な名曲がありますが、 この曲のテンポ170はメレンゲとしては最速クラスですね。 ふたりで踊る場合はエンパリサーダと呼ばれる垂直に踏むステップしか出来ません。
ただ、この最後の2曲まで必要になるケースは サルサ・バチャータ中心のオールミックススピンでは普通はないと思います。 実践的な観点では10選でもよかったのですが、 メレンゲの世界は広いので、 いろんな曲もあるよとご紹介する意味で入れてみました。
自由なスピンのために
このように、12曲もあればほとんどの現場に対応できます。 一方でメレンゲの海は果てしなく拡がっていますから、 これらの曲をキッカケに興味が湧いたらぜひいろいろと漁ってみてください。 メレンゲを掘っているうちにサルサやバチャータも充実する、 という副効果もあるかもしれません。
どんなジャンルでもそうですが、 あるジャンルの味わいが分かるようになるには、 そのジャンルの名曲を選り抜き、 それぞれ100万回ずつ聴いてフィールを掴む、それ以外の道はありません。 メレンゲミュージシャンに共振し、感染し、憑依する感覚なしに、 自分なりのメレンゲスピンのレシピを作ることは出来ません。 その上で自分でメレンゲを踊ってみることも忘れずに。 これを繰り返すことでレシピにどんどん磨きが掛かっていきます。 選曲するたびに自身の身体感覚として楽曲のフィールとフロアのヴァイブスが 予感できるようになる頃には、 きっとこの12選は忘れてしまっていいはずです。
明日は新しいテーマです!