Merengue Panic



Advent Calendar 2023 17日目の記事

サルサスタイル考(2)

サルサはメレンゲと違ってスロット、キューバン、カリなど、 いろんな種類のスタイルがあるとされます。 on1 と on2 の違いとは、なんて話はあちこちで聞きますね。 サルサのスタイルはどうやって分化したのか。 ソーシャルダンサはどのスタイルを選択するべきなのか。 商業主義やレイシズムとも関係するこの論争的な話題を考えてみます。 5回シリーズの2話目!

サルサスタイルは無数にある

サルサやメレンゲなどのアフロ=ラテンの音楽は ストレートな4/4拍子のリズムと6/8のリズムが並行しているポリリズム。 その文節の仕方は無数にあるので、 クラーベが1周する間にどこで何回ステップを踏むのかという足組み、 つまりベーシックステップのパタンを考えると、 そのパーミュテーションは簡単に数百とか数千のオーダになります。 実質的に使用可能なものだけを取り出しても数十はあるでしょう。 その中で現在広く踏まれているベーシックステップは on1 と on2 のふたつです。

このふたつは、 リードとフォローが向かい合って前後にステップすること、 二人は鏡映しに動き前進と後退が4カウントずつ対称になっていること、 8カウントの間に6回ステップ(体重移動)すること、 などの点で共通しており、 未経験者にはどちらを踏んでいるのか判断しにくいほどよく似たステップです。

先に見たように on2 には power2 と ET2 があり、 さらに細かくいえばスローステップがシンコペートしたり、 前半と後半で非対称に踏むなどの変化もありますが、 大まかにいえばヴァリエーションの範囲内といえるでしょう。 実際には on1 スタイルでもマイクログルーヴ単位でのステップの伸び縮み、 フラクチュエーションは無限にあり、 それがダンサひとりひとりのベーシックの個性を作ってもいます。

さらに、「サルサ紀元」以前から中南米のホームスタイルのサルサダンスで 最も通用していたのは on3 だったといわれます。 音楽やダンスの専門的なトレーニングを受けていない普通のラテン人にとって、 on3 というのが踏みやすかったようなんですね。 キューバンの状況はもっと複雑で、1950年代からコントラティエンポ、 すなわち on2 の足組みの方をしていたことが確認できますが、 一方で on1 はもともとキューバ生まれともいわれ、 地域内でもいろいろなスタイルがあったことが伺われます。

70年代のファニアの成功によってアフロ=ラテン音楽のレコードは 中南米以外にも流通し世界的な人気を博しました。 ちょうどミュージシャンがいなくても DJ のスピンによってクラブシーンが成立するようになる時代で、 「サルサ」というキャッチィな名称を獲得したこの音楽は、 世界中の様々なシーンでそれぞれのローカルダンスとして踊られるようになっていきます。 90年代には街の数だけダンスカルチャがあり、 クラブの数だけダンススタイルがある、そんな状況になっていたようです。

ピジンスタイル

ところで、もともとラテンアメリカでは奴隷たちはお互いに通じない言葉を通じ合わせるために 「ピジン語」と呼ばれる即席の接触言語を使って意志疎通しました。 ピジンでは文法は簡略化され、複雑な活用や屈折はほとんどなくなります。 また語彙も少なく多義的に使われる単語が多用されます。 そして、ベースとなる言語以外に様々な由来の単語が混じることも特徴とされます。

various salsas
Various Salsas / from Wikimedia.org

サルサダンスでもこうした「ピジンスタイル」はパラディウム時代以来、 普通に生じる現象でした。 異なるスタイルの人同士が接触する場合でなくとも、 相手と共通するコネクションの理解がない場合、 なんとか噛み合わせるためには1曲の間にあの手この手を試み、 どこかで疎通できる回路を探します。 これは現在のダンスフロアでも全くの初心者さんが相手の場合などに普通に起こることです。

向かい合ったふたりの人間がボディ・コンタクトをしながら一緒に協調して踊るためには、 ベーシックステップをどんなに簡略化しても、 同じタイミングで鏡映しに体重移動する、 というコンセプトは高度なパートナワークの仕組み以前にどうしても必要です。 これはミラリングとよばれますが、これ自体は実はほとんど人間の本能のようなもので、 全くダンスが初めてという人でも身体的に理解できることのようです。

ところが、 ピジンで話すということはお互いがお互いに相手に対して 優越を主張する関係では上手くいきません。 両者がどちらも自分のスタイルを少しずつ曲げる必要があるのです。 自分が一方的に相手に合わせるのでもなく、 相手に一方的に自分のスタイルを受け入れさせるのとも違います。 相手にも一歩歩みよってもらう必要がありますし、自分も相手に一歩歩みよる。 そうして作る接触言語がピジンであり、 よりヴァナキュラなダンススタイルは程度の差はあれ、 基本的にはこのようなピジン的な方法で成立していたはずです。

荒々しくいってしまえば、 踊っているふたりが納得して楽しく踊れればどんなベーシックでも構わないのです。 だから古いスタイルでは統一的なスタイル自体が必要なかったといえます。 パラディウム時代のダンサはほとんどみな好き勝手に踊っていたことが思い出されますね。

on1 vs on2 論争

97年のコングレス以前はサルサダンスのスタイルが無数に存在すること、 それぞれがほとんど互換性がないダンスになっていたことを問題視する人はいませんでした。 それぞれのローカルコミュニティの内部では問題にならないし、 たまたま別のコミュニティに移動する人がいた場合でも 集団力学的にその場所での多数派のスタイルを習得するだけだからです。 また、複雑なことをしないなら、ピジンスタイルとしてペアごと、 1曲ごとにその都度ベーシックを擦り合わせることもできました。

ところが、コングレスによって様々なサルサのスタイルが同じまな板の上に乗せらられたとき、 多くの参加者はお互いに 「自分はちゃんと踊っているのに相手が全然踊り方を知らないから噛み合わない」 とぶつかり合ったといいます。 お互いにそれぞれのコミュニティではエスタブリッシュトなダンサだったので、 ダンスが成立しないのは自分のせいではなく相手のせいと考えるざるをえなかったのですね。

複数の互換性のないスタイルが出逢う場合に それが標準化される方法にはいろんなパタンがありますが、 サルサの場合、数年から10年ほどでゆっくりヘゲモニックなスタイルが形成されました。 商業的な動機にドライヴされながらも規格化・標準化は簡単にはいかず、 ローカルスタイルの中で他のスタイルを淘汰し吸収していくものがいくつか現れてきます。 そして最終的にその中で生き残ったのが ET2 と on1 ということになるのでしょう。 ビジネスの観点に加えてローカルナショナリズムも絡み、 どのスタイルが優勢であるべきかという議論が沸騰します。

あるスタイルが別のスタイルよりも優れている、 と主張する場合に持ち出される一般的な根拠は大きく3つ。 正統性・合理性・審美性です。

正統性とはどれがより古くより本来の形に近いのかという議論。 例えば on2 はコンガのビートにマッチしているので古いアフリカの方法に近く on1 よりも正統だ、 というような言い方で主張されます。

合理性は手組みの理論的な解説でもそうですし、 マーケティングや普及の観点でも重視されます。 on1 の方がビートのアタマに合わせて身体を動かせばいいので、 多くのダンサにとって理解しやすいカウンティングになっており、 普及しやすく合理的だ、というような例ですね。

審美性はどちらが美しく見えるか、踊っていて心地良いか、という観点で、 on1 はダイナミックで見映えがするとか、 on2 はスムースで流れるような動きが美しいなどの主張があります。

これら点を細かく問うとカヴァーするべきトピックは大量にあり、 それぞれプロ・コンを戦わせることができます。 一部の論客は未だに激しいディベイトを続けていて、 それなりに面白い議論もあったりするのですが、 ここではこうした詳細には立ち入りません。

昨今では90年代末から2000年代初頭にかけての スタイル論争の時点ではあまり重視されなかった観点ながら、 ダンススタイルの倫理性がフォーカスされるようになっています。 すなわち、 on1 と on2 ではどちらが倫理的か、という問題意識ですね。 この場合の主たる関心はセクシズムとレイシズム。 ごく素朴には on1 は派手なディップなどを多用することから、 性的な表現を女性に強要するという点でフェミニストからの批判があったり、 on2 はニューヨリカンマンボの伝統から、 非ラティーノの白人やアジア人ダンサを低く見るレイシズムがあるなどの指摘があります。 もちろん、これらが妥当な批判であるかどうかは議論の余地があるところです。

また、サルサはラティーノたちにとっての重要なアイデンティティを 構成しているということから、 サルサを商業主義的な目的でグローバル化させる産業全体に対して、 「サルサは金で売られてしまった」というような批判もあります。 このデリケートな問題はより詳細な文脈で点検される必要があります。 ここに on1 と on2 の論争で完全に置き去りにされている on3 問題が浮上します。

グローバル化しトランスカルチャ化していくサルサやメレンゲを無批判に消費することが、 世界の片隅の誰かを傷つけることになっているのではないか、 という問題意識から始めることで、 単なる優位主義を超えてスタイルの問題を相対化できるかもしれません。

明日に続きます!

posted at: 2023-12-17 (Sun) 12:00 +0900