Merengue Panic



Advent Calendar 2024 6日目の記事

ケチャップのサボール(1)

サルサとはスペイン語でソースのこと。 そしてアメリカを象徴するソースといえばもちろんトマト・ケチャップ。 今回はサルサというジャンル名の由来でもある トマト・ケチャップを使った料理のオリジナルレシピをご紹介していきます。 3回シリーズの1話目!

サルサはトマト・ケチャップ

スペイン語でサルサ salsa とはソースを意味する普通名詞です。 そのサルサが音楽のジャンル名として採用されたのには いくつかの偶然と必然が混ざり合ったストーリィがあります。

その詳細は過去の記事に譲りますが (『オラ・デ・ラ・ソラミミ(川崎編)』)、 ごく簡単におさらいすれば、 ベネスエラのラジオ DJ Escalona が司会をしていた "Hora De La Salsa" という番組の名が直接の由来といわれています。

Ketchup Pampero
Ketchup Pampero

いま注目したいのはこの最初のサルサがトマト・ケチャップであったこと。 サルサとはケチャップのことであると主張すると、 もしかしたら違和感を感じる人がいるかもしれません。 しかし、それは誤解というべきです。

日本語でサルサというとついサルサ・メヒカーナのような 具材の形が残ったものを想像しがちですが、 スペイン語のサルサは本当にただのソースというだけの意味。 パスタソースは "salsa para pasta" となりますし、 醤油は "salsa de soya" 、 お好みソースは "salsa de okonomiyaki" となります。 だからトマト・ケチャップは単に "salsa ketchup" なんですね。

このようにサルサにはいろんな種類がありますが、 サルサがサルサであるためには最低限必要なもの、それは塩です。 スペイン語の "sal" は塩という意味ですが、 "salsa" はこの派生語。 「塩をふりかけられたモノ」ということです。 どんな素材を使うのも自由だが、 具材を煮詰めて塩で味を整えるというのはサルサの基本的なあり方といえます。 料理は火加減、塩加減。サルサではベーシックを大切にしなければいけません。 この点でもケチャップは正しくサルサな調味料といえます。

ユーラシア的ケチャップ

ところで「ケチャップ」 という語はヨーロッパ語でもネイティヴ・アメリカンの言葉でもありません。 実はケチャップというのは広東語由来なんだそうです。 もともとは中国福建省あたりを原産とする魚醤のことを指したとのこと。 英語へはマレイ語を経由して入ったという説が有力とのことですが、 人によってはマレイ語の方がオリジンだと主張する場合もあるようです。 これが17世紀末頃にはヨーロッパに伝わり、 イギリスではマッシュルームを素材としたマッシュルーム・ケチャップが誕生しました。 ここで確認しておくべきはケチャップという語もまたサルサ同様、 材料の如何を問わず広くソースを指す概念で様々なヴァリエーションがあったということ。 本来の魚醤のようなケチャップがあり、マッシュルームのケチャップがあり、 そしてアメリカではトマトのケチャップが生まれました。 東南アジアにはバナナ・ケチャップとかみたらし風味のケチャップマニスというのもあります。 ですからケチャップの味というのは相当に幅があるといえますね。

ちなみに、いまの広東語でケチャップのこと「茄汁」と書くのだそうですが、 ここで「茄」の字はトマト(蕃茄)のこと。 トマトはナス科なんですね。

アメリカとトマト

主役のトマトはご存知のようにペルーあたりのアンデス原産。 つまりコロンブス以前のヨーロッパにとっては未知の食べ物です。 現在ではヨーロッパ各国の料理になくてはならない食材ですが、 とりわけイタリア料理のイメジがありますね。 ジャガイモも唐辛子もアメリカ産。 砂糖もなければ胡椒もなかった15世紀以前のヨーロッパでは 何をどんな味つけにして食べていたのでしょうかね。

ちなみに「トマト」とはもともとナワトル語、 原語でもこの植物を指しますが発音は「トマトル」に近いようです。 アメリカ英語では「トメイト」でブリティッシュ英語では「トマート」。 この問題に関してパートナダンサの視点で外せないのは George Gershwin の "Let's Call the Whole Thing Off" です。 これは1937年の映画『踊らん哉』(原題 "Shall We Dance") の劇中歌で、 Fred Astaire と Ginger Rogers がローラスケートを履いたまま パートナワークとタップダンスを披露するという驚くべきシーンで使われています。

Roller Skating
Film "Shall We Dance"(1937)

この映画はバレエダンサとタップダンサの恋という設定なのですが、 諸処の事情でやや険悪になった関係に辟易しながら 「全部止めよう」と言いたくなるものの、結局一緒に踊って仲直りという展開です。 tomato を「トメイト」というか「トマート」と発音するか。 potato を「ポテイト」というか「ポタート」と発音するか。 Havana を「ハヴェナ」というか「ハヴァナ」と発音するか。 banana を「バネーナ」というか「バナーナ」と発音するか。 さすがに「ポタート」は英国紳士でもいわないんじゃないかと思いますが、 ともかく、こうした遊び心も楽しい曲です。

言葉を意識すればするほど差異を拡大しお互いを相容れない存在に遠ざけますが、 スウィングのリズムは彼らの足を不可避的にタップさせ、 結果的に一緒に踊り出してしまうのです。 観念的な敵対関係が身体の共振によって和解する、 というのはダンス映画のお決まりのクリシェとはいえ、 パートナダンスの原的な魅力の直截な表現なのでした。

さて、メソアメリカでは古来から栽培植物として食べられてきたトマトでしたが、 「コロンブス交換」ののちもヨーロッパではあまり食べられなかったとも伝えられます。 17世紀くらいから食べていたという話もあるのですが、 大々的に食用が広まったのは18世紀になってからということのようです。

トマトは美味しいだけでなく栄養も豊富。 リコピンやβカロテンにビタミン C も摂れます。 俗に「トマトが赤くなると医者が青くなる」 ともいわれるほど昨今では身体にいい食品というイメジが浸透しています。

さて、ここで扱うのはアメリカ発のトマト・ケチャップですが、 これは19世紀になってから誕生しました。 1812年にアンチョビ入りのトマト・ケチャップのレシピがあり、 これが現在確認できる最古のトマト・ケチャップだとか。 ペンシルヴァニア出身のお医者さんが残したレシピでした。 同じペンルヴァニアに拠点を置くハインツが19世紀後半にこれを大ヒットさせたことで 合州国の国民的ソースとなりました。

有名な合州国のトマト裁判は1893年ですから この頃までには重要な食材としての地位が確立していたと考えられます。 ちなみにこれはトマトは野菜か果物かという問題が争われた裁判で、 連邦最高裁の判決でトマトは野菜ということが決定しています。 というのは当時の合州国では 関税の問題で野菜の輸入には税金がかかるが果物ならかからない、 という状況があったため、 野菜か果物かが重要な問題になっていたんですね。 トマトは夕食に出されるがデザートではない、というのが判決理由とのこと。 ちなみに植物分類学ではフルーツと見做されるそうです。 こうしたトマトの境界曖昧性からもまた、トマトとサルサの類似を指摘できますね。

自家製トマト・ケチャップ

さて、では実際にトマト・ケチャップを作ってみましょう。 見てきた通り、ケチャップというのはとても広い意味でソースというだけですし、 トマト・ケチャップに限定してもそのレシピは多岐に渡ります。 純粋にトマトだけを煮詰めて味を整えたものもあれば、 大量の砂糖と増粘材を使ったスーパーでよく見るボトル入りのケチャップもありますし、 きび糖とリンゴを使って甘みを出しつつ様々なスパイスで深みを出したものもあります。 世界には様々なトマト・ケチャップがあるため、 「トマトに塩をかければ、サラダになる」というミシェル・サラゲッタの名言に習っていえば、 「トマトを煮詰めて塩を振ったらトマト・ケチャップになる」ということもできます。

今回は甘すぎないことと余計なものを入れない素朴なケチャップを目指します。 色は出来るだけ鮮やかな赤になって欲しいので完熟トマトとホール缶を併用します。 粘度はやや弱いのですがさらっとしたソースもそれはそれで悪くないですよ。

では材料です。

  • 完熟トマト - 500g(中3個分)
  • ホールトマト缶 - 400g(1缶)
  • トマトピューレ - 2袋
  • タマネギ - 100g(小の半分)
  • リンゴ(ふじ) - 150g(中の半分)
  • きび糖 - 30g
  • お湯 - 100g
  • 塩 - 少々
  • シナモン - 少々
  • ローリエ - 1枚
  • ホールペッパ - 数個
  • 日本酒 - 45g
  • アスコルビン酸 - 少々

最初にケトルかやかんでお湯を沸かしておきましょう。 まず完熟トマトは色が薄くならないようウレウレのものを選んで下さい。 これを出来るだけ小さくミジン切りにしていきます。 気なる方は湯剥きした方が綺麗ですがしっかり煮込む前提ならそのままでも大丈夫。 ホールトマト缶の中身も合わせてボールに開けます。 次にタマネギとリンゴをおろします。 こうすることでミキサを使わずに簡単にケチャップを作ることができます。 おろしたタマネギ・リンゴもトマトの入ったボールに合わせてしまいましょう。

次に塩とシナモンを分量カップに入れ沸かしたお湯を注いでよく溶かします。 この液をホールトマト缶に入れて缶の底の残りを綺麗にし、 そのままボールに合流させます。 ここにトマトピューレを投入して軽く混ぜ合わせてください。

ボールの中身をフライパンか鍋に移して火をかけます。 最初は中火で沸騰させるまで過熱し、 ぐらぐらしてきたら弱火でじっくり煮込んでいきます。 ここでローリエとホールペッパを加えておきましょう。 トマトの形がなくなるまで煮込みたいので30分くらい火にかけます。 この辺りで一度味を見て酸味・塩味の確認をします。 お好みで適宜調整してください。 辛さやスパイス感は使う料理によって個別に調整できるようにしたいので このケチャップ自体はあまりいろいろな味を付けないようにしています。 トマトの粒が見えなくなってきたら日本酒を入れて 強火で30秒ほど急過熱します。 そうしたら火を引いて粗熱をとっていきましょう。 ローリエとペッパを取り出すのも忘れずに。

しっかり常温まで冷めたら完成です。 岩城のアスコルビン酸(ビタミン C)の原末を少しだけ入れて酸味を加えたら、 熱湯消毒した清潔なガラス瓶を用意してケチャップを収めます。 実際にやってみると驚くほど簡単に自作できるんですよ。

市販のものは防腐効果のために砂糖の量が多いのですが、 自家製なら甘さを控え目に作ることができます。 自然な甘さを出すためにタマネギとふじを使ったのが今回のポイント。 キサンタンガムなどを使わなくてもじっくり 煮込むことである程度の粘度を出すことが可能です。

さて、自家製ケチャップが出来たらケチャップ料理を作りたくなりますね。

明日に続きます!

posted at: 2024-12-06 (Fri) 12:00 +0900