Merengue Panic



Advent Calendar 2024 12日目の記事

春はメレンゲ夏はチャチャ(4)

サルサの踊り方は人によってそれぞれ。 ダンススタイルの差以外にも、 個々人のダンス観や身体能力、 フロア経験の蓄積などによって十人十色の個性が生じます。 加えて多様な音楽・ダンスのサブジャンルとの付き合い方が、 ダンサの姿勢や型を形作っていく奥深いメカニズムがあります。 自分の踊りを持つことの大切さとその自覚的な選択の可能性を探究する 6回シリーズの4話目!

自由度と即興性

即興性にはいくらかの幅があります。 例えば音楽ジャンルとしてのビバップとフリージャズを比較するとき、 同じ即興演奏といってもその意味がかなり違っていることに気付きます。

ビバップというのは決まったリズムグリッドとコード進行が与えられていて、 ソロととる楽器の人はその上で自由に演奏するというのが基本的なコンセプト。 そのリズムの変化やメロディを作るためのモードには 様々な理論や実践があって複雑なのですが、 大まかなルールの上で技量とアイデアを競う一種の知的スポーツとしての側面があります。 ルールがあるからこそ遊びの楽しさが倍加するというマジックサークル効果ですね。

これがフリージャズになると究極的にはリズムもメロディもコードもない。 音素にまで還元しうる演奏の一回性の遭遇を面白がる無秩序的な音楽です。 ここではもはやソロとコンピングといった構造的従属関係も消え、 音の雲が散らかっているという状態です。 即興演奏というよりも自由演奏というべきスタイル。 それでもじっくり聴いてみると、 演者の身体構造や楽器の構造・奏法が内蔵しているリズムや、 音楽家が身に付けてきた様々な運動の型が無意識に滲み出て、 構造らしきものを見て取ることもでき、 その散逸構造の中に雲散霧消する音たちと戯れるジャンルともいえます。

もちろん、ビバップとフリージャズは明確に線引きできるようなものではなく、 両者の間にはオーヴァラップする領域があります。 ハードバップやモードジャズといった派生は両者の中間段階ともいえますね。 例えばセッションでよく使うブルースの場合、 AAB 構造でコードは定型ブルース進行になる。 ビバップになればもっとコード自体もテンションが入ったり自由に代理コードと入れ替えたり、 ヴァリエーションが大きくなる。 ソロの手組みもペンタトニックスケールだけの単純なものから、 複雑なスケール理論を駆使したもの、 モード奏法や LCC のような神秘主義的メソッドまで自由度が増加していきます。

同じようなグラデーションをダンスにおいても認めることができます。 ベーシックステップを持ち、その派生の可能性が多分にあるようなステップ、 例えばスウィングとかサルサとかパチャンガというのはかなりビバップ的といえます。 もっとフリーに近づいた位置にブーガルー、あるいはもっと先にレゲトン、 もっともフリージャズっぽいステップに アフロ=キューバン・コンテンポラリなどを位置付けることができるかもしれません。

ちなみに、ダンスで一番の極北までいけばコンテンポラリィ・ダンスの中でも舞踏とか マース・カニンガムのような踊り方まで考慮に入れなければならなくなりますが、 さすがに大衆ダンスと比較できる範囲を超えているのかもしれません。 ただ、大野一雄が Elvis Presley のバラードでも舞っていたことを思えば、 逆向きの通路もまた開かれているのかもしれず、 強く願って委ねれば、オバタラかエレグアがサルセーロたちを その領域にまで手を引いていってくれる可能性もゼロではないかもしれません。

ともあれ、とりあえずここでは、 拍節的なリズムグリッドの中でステップを踏む大衆ダンスに限定すると、 よりスポーツ競技に近いビバップ的なジャンルとして サルサやチャチャのステップを挙げることができ、 より内面の表現に向くフリージャズに近いジャンルとして ブーガルーやレゲトンのステップを比較できるかもしれません。

したがってブーガルーやレゲトンを好む人は比較的にアーティストタイプ、 自己表現に照れがなく気負わずセンタに立てるタイプのダンサといえます。 ここはパートナダンス専門の人にとって手や足が出にくそうですね。 大衆性は呪いでもありますが、人々のダンスであるための重しでもあります。

もしスポーツ的ダンスが大衆性から遊離していくとプロ化、 つまり商業ダンスの領域に同化してしまうでしょうし、 内面表現に向くダンスを突き詰めると藝術ダンスに通じるということです。

秋はパチャンガ

さて、次の季節は秋です。秋はパチャンガ。

食欲の秋、スポーツの秋。 エナジェティックで運動量も多いパチャンガはいかがでしょうか。

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from wikimedia.org

パチャンガはパートナワークではなく完全にシャインのステップとして体系化されています。 パートナワーク中に使うテクニックもないこともないですが、 普通はシャインに分かれたときに行うもの。 サルサ・シャインのサブカテゴリという感じで受け止めている人も多いと思いますが、 もともとはダンスファドとして60年代にブロンクスで流行ったステップです。

見た目にはっきりと分かる独特のテイストのあるステップなので、 上手に組込むととてもオシャレに見えるということもあって、 on2 界隈では必修ステップの扱いになっています。

もともとパチャンガとは音楽ジャンル名というよりもダンスステップの名前。 言葉としては「パーティ」という意味の単語です。 このステップを踏む音楽はチャランガ編成のバンドで演奏しました。 ハイチの影響を受けフルートやヴァイオリンが加わったチャランガ・フランセサの音楽です。 ダンソンやマンボとの近縁ジャンルですね。

最初期のパチャンガとされる "La Pachanga" を 1959年にリリースし世界的にヒットさせたのがキューバの Eduardo Davidson です。 またタレント揃いのこの島ではいくつものチャランガバンドが活躍しましたが、 中でも Orquesta Aragón は人気を博したグループでした。 このバンドの Orestes Aragón の往年のステップには パチャンガ・ステップのエッセンスが既に詰まっています。

これを受けてニューヨークでもパチャンガブームが起きていきます。 この頃、ブロンクスのキャラヴァナ・クラブで演奏して人気を博していたのが、 Charlie Palmieri 、 Eddie Palmieri のお兄さんのバンドでした。 この Charlie のバンドがニューヨーク・パチャンガの代名詞になっています。

ちなみに、 若き日のサルサのゴッド・ファーザー Johnny Pacheco はここでフルートを吹いていたのですが、 自分の扱いの小ささに腹を立てて物別れし、自身のバンドを結成します。 そのバンドは Pacheco y su Charanga という名前。 その響きを pachanga にこじつけ、ジャンル名と自分を結び付けて売り出しました。 どうもファニア設立以前からこういう商売センスに長けていたようです。

さらに Davidson や Aragón のステップにチャールストンのフレーヴァを混ぜた ブロンクス・ホップをダンスファドとして流行らせました。 これが今のニューヨーク・パチャンガの源流です。

つまり、パチャンガのステップにはキューバのものと、 それをベースに派生させたニューヨークのものがある。 音楽的にも古いパチャンガはメレンゲの風味が強く、 チャランガ編成がまっとているフランセサの残り香を確認できます。 実はメレンゲをチャランガ編成の楽器で演奏するとパチャンガになるという解釈もあり、 実際に聴いてみても "La Pachanga" のリズムはほとんどメレンゲであることが分かります。 グィラをグィロに、アコーディオンをフルートに、 タンボーラをパイラ(ティンバレス)に置き替えてメレンゲを演奏しているのでした。 ちなみに、パイラのパタンは素手によるボンボ・ポンチェの膜面打ちと ジャム・ブロックのアタマ打ちのコンビネーション、 タンボーラのシンキージョよりもオシャレ度をアップさせていますが、 素手とバチの組み合わせで作るグルーヴという点には、 確かにタンボーラのフィールが継承されています。

Duck Duck Go で Eduardo Davidson の La Pachanga を検索(外部リンク)

さて、ダンスのステップの特徴を見てみましょう。 既に見たようにニューヨークのそれはキューバのパチャンガ・ステップと チャールストンのステップのミクスチャ。 キューバの風味がしっかりあるというのがポイントです。

パチャンガのベーシックといえば膝の曲げ伸ばしですね。 チャールストンはスウィングなのでむしろバウンスがベースですから、 同じ膝を使うダンスといっても運動の方向が違います。 チャールストンは鉛直方向にバウンスするがパチャンガは前後に傾いていくステップ。 この点を間違うとパチャンガにならないので要注意です。 ちなみに、 ここでいうチャールストンとはモボやモガが都会的に躍っていた20年代のそれではなく、 30年代のよりワイルドでロング・レッグドなステップの方です。

パチャンガ・ベーシックは膝を前に突き出しつつ上体をリーンバックさせ、 膝を伸ばしながら上体を前傾に戻すという動きの繰り返しで、 膝を極とする前後の連動運動なんですね。 腰は膝と同じ方向に連れて前後に打ち、 胸(鳩尾)はカウンタバランスで膝が前のときに後ろに倒れ、 膝を伸ばすときに前に戻るのが正解。 上手くできない人はだいたい準備体操の屈伸運動のように 腰から上が上下しているケースが多いです。 できないと全く不恰好なのですがコツを掴めば簡単に出来る動きです。 ここで重要なのはこの膝の運動こそ、アフロ=キューバン・ムーヴメントの神髄、 「ムイェロ」であるということ。 ここにパチャンガのキューバっぽさがあり、 サルサとは違う土臭さがあるのでした。

そして、この膝を極とするインタロックを続けながらいろんなステップと組み合わせることで、 パチャンガのヴァリエーションの幅が生まれます。 on2 にはまとまった一連のシラバスがありますし、 キューバ系のステップにも Aragón をはじめ、 多くのヴァリエーションを披露してくれるダンサたちがいます。

パチャンガの自由度と独自性

ソロダンスとして、あるいは Mambo Aces よろしくデュオでも、 パチャンガはそれだけで1曲踊れるくらいにはヴァリエーションがあります。 したがってそれなりの表現力があるともいえるのですが、 サルサやチャチャのシャイン、ブーガルーのステップの多様さと比べると 固有の決まったステップ。 通常のサルサのソーシャルの途中に入れるとしても全面的にパチャンガ、 というのはやり過ぎですし、 少しアクセントでシャインに混ぜるくらいがよくある使われ方でしょうか。

個性という点で評価してみると、パチャンガは型のあるステップなので オリジナリティというのはそれほど出ない。 もちろん、パチャンガ・ベーシック自体は様々なステップと組み合わせることができるので、 自分のオリジナル・パチャンガを作るということは出来ない訳でもないですが、 これはかなり専門性の高いコレオグラフ作業という感じがします。

パチャンガがユニークなのはこの点ですね。 パートナワークに比べて自由度の高いはずのシャインステップであるにも関わらず、 決まった形がはっきりしていてあまり個性は出ない、ということになるのです。

ただ、これはパチャンガの性質というよりもダンスファドから出てきた タイプのステップには共通していえる特徴かもしれません。 みんなが名前を知っているステップだからこそ踊りたくなるのだし、 その分個性はない。 パチャンガもマカレナもツイストもスージィQも、 アイコニックな特徴があるゆえにダンサの個性にはならない、 という逆説を持っています。

一方で、シャインではあるが個性が出ないことは、 あるタイプのダンサにとっては重宝するものかもしれません。 つまり、シャインは必要だと思っているのだが、 藝能性の表出には照れがあるというタイプがいたのでしたね。 踊りたいとは思っているが「センタ感」を出せないシャイな人です。 こういう人たちにとってはコングレススタイルのパートナワークと同様、 決まったステップの組み合わせと並べ方がはっきりしているパチャンガは、 「安全な」シャインレパートリとしてソーシャルでも使いやすい、 と考えるわけです。 つまり、型のはっきりしたシャインなので「表現っぽさ」が緩和されるんですね。 サルサやチャチャでも一定数サルサっぽい、あるいはチャチャっぽい シャイン・ルーティーンが知られていますが、 パチャンガほどまとまった形で体系化されているサブジャンルは少ないでしょう。

このようにサルサのシャイン・シラバスの中で安定した領域を占めているパチャンガ。 キューバン・ダンスの古い動機を秘めており、 マンボの先行ジャンルとしてのスウィングのフレーヴァを持ち、 アフロ=カリビアン・ステップの祖型であるメレンゲを受け継いでもいる。 さらにはコングレススタイルとも親和性の高い体系化が進んでいます。 そういう特別なあり方を思い出すとき、 単なるダンスファドのひとつに過ぎないとして一蹴する訳にもいきません。 サルサにおいて特別な喚起力を持つのがパチャンガなのでした。

自由度と競技性の分布

さて、これまで見てきたサルサ周辺のダンスジャンルを、 ジャンル固有の手組みの多さの軸と、 即興における表現指向とスポーツ指向を両極とする軸の2軸上に マッピングするとおおよそ以下のように可視化できます。

dof x sport
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もちろん、この平面のどこが優れたジャンルの落ちる領域でどこが駄目な場所、 ということはありません。 たまたまこの2軸で評価すればとりあえずこのように分布するというだけの話で ジャンルの優劣とは無関係です。

そして、もうひとつ注意すべきは、これらの値はごく仮説的に置いただけに過ぎません。 ジャンルのイメジや評価については人によって様々な意見があると思います。 そもそも同じジャンルのダンスでも踊る人のスタイルによっては、 まったく異なる位置になるでしょうし、 同じペアのダンスでも曲によっては 真逆の場所にマッピングされるように踊ることもできます。 もっといえば、1曲中でも前半の平歌では表現中心に踊り、 後半の山場ではスポーティに踊る、といった緩急は一般に見られるでしょうから、 あくまでもその平均を予想したに過ぎませんし、 それほど意味があることでもありません。

むしろ、ここでの関心はダンスジャンルの性質を任意の空間にマッピングして 評価できることを示すことにあります。 そして、真に問われるべきは、ダンスおよびダンサの個性という観点で考えるとき、 その評価軸をどのように設定することができるか、という点です。

このことを確認した上で少し図の中身についていえば、 上下の軸は手数の多さで自由度ともいえます。 各ジャンルの中級者くらいが持っているパタンやステップ数の総数をイメジしました。 左右の軸は左にいくほど表現指向、右に行くほどスポーツ的な指向ということになります。 これもスタイル次第、人次第という感じですが、 中級ダンサの中央値的な踊り方を想像しつつ、 その即興性がより感性に基づくか、 あるいは学習と熟練に基づくかを評価してみました。 サルサについては4種類、 on1 、 on2 、キューバンに加え、 レッスンなしにファミリーキッチンスタイルで素朴に踊っている人たちを 「ヴァナキュラ」としてカテゴライズしています。

さて、ここでやや先回りしてボレーロとバチャータもプロットしてみましたが、 表現ともスポーツともいえないし、手組みも極端に少ない両者の性質というのが見てとれます。 とりわけ伝統的なスタイルで踊るボレーロにはほとんどターンもないしステップワークもない。 ただベーシックを踏んで揺れるだけ。 この2軸の評価からは特徴のないダンスに見えますが、 こうしたタイプのダンスは何を指向しているのでしょうか。

明日に続きます!

posted at: 2024-12-12 (Thu) 12:00 +0900