Merengue Panic



Advent Calendar 2024 16日目の記事

ガジュマルベーシック入門(2)

パートナダンスにおいてベーシックステップの重要性は強調しきれません。 コネクションの基盤であり、パートナワークを支える文字通りの基礎となるのがベーシック。 そんなベーシックのイロハを改めて復習しつつ、 スタイルを越えるミニマルな共通言語としてのベーシックのポテンシャルを再発見する 4回シリーズの2話目!

姿の勢い

キューバンモーションの練習をするにあたって、 悩ましいのは姿勢の問題です。

ヨーロッパ語では姿勢に相当する概念を "posture" とか "poise" などで表現します。 "posture" とは身体の各部位の位置関係のことで、 膝が爪先の真上にあるとか胸郭は骨盤よりも前方に出ているとかそういう話。 "poise" は重心の釣り合いを主に表し、 上手にバランスをとることを含む概念です。 レッスンなどでも最初にいい姿勢をしてくださいというのは、 身体の空間的な位置関係とバランスを整えてくださいという意味ですが、 これがなかなか難しい。

まず、人はそれぞれ骨格構造も各部位のサイズも違いますし、 筋力や柔軟性などもそれぞれ、 普段の生活で染み付いた身体の使い方の癖も驚くほど多様です。 ある人にワークする説明やイメジが別の人にも通用するとは限りません。

また、日本語で姿勢というときのニュアンスの違いも厄介です。 姿勢とは読んで字のごとく「姿の勢い」のこと。 「勢い」というのが面白いですね。

ヨーロッパ的発想では外側からカタチを作れば それでポスチュアができ上がるという感覚があります。 例えば洋服はそれ自体が完成した立体縫製で、 外側から姿勢を矯正するように作られています。 宮廷時代の男性用のダンススーツは 自分ひとりでは着ることができないほど形状が固まっており、 介助してもらってようやく脱ぎ着できる代物でした。 その代わり一度着てしまえば力を入れずとも肘が落ちず、 背筋も伸びて綺麗なフレームをキープできたといいます。 女性用のコルセットやトゥシューズも身体の形状を外から矯正する服飾品で、 身体を緊縛して踊るのがヨーロッパ的なやり方。 このため、 かの地のインストラクタたちがとりわけ姿勢にうるさいのは 海外のワークショップなどで経験したことがある人も多いはず。 20世紀以降、衣裳によるサポートを使わなくなったために、 欧米ではダンサの第一条件は自力で姿勢のアラインメントを維持できることなのでした。

Kisugata
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一方、和服というのは反物を直線裁断して真っ直ぐ縫っただけ。 それを立体的な身体に沿わせてまとったら帯で結んでおきます。 そのため、服というものは着ることまで含めねば完成しないという気分もあり、 衣裳の品質よりも着る中身の方が重視されます。 和装が似合うというのは着姿の問題で、これはまさに姿の勢いが問われるのでした。 どんなに頼りない人でもスーツを着ればそれなりに立派に見えますが、 和装の場合、 着方の巧拙に加えて姿勢や立ち居振る舞いがこなれていないと全く見映えがしません。 衿や袂がモノをいうのが着物であり、 その着姿には人物の内面やその日の精神状態まで反映しているという諒解があります。

したがって、姿勢をよくしてください、 というと一生懸命気合いを入れようとする人が出てくるのですが、 ここではむしろ力を抜いてアラインメントを正して欲しいだけなのでした。 既に和服を着なくなって久しいはずですが、文化的遺伝子の影響力の強さを感じます。

姿勢の問題で重要なことは力を抜くことと重心がわずかに前にあること。 アフロダンスの要諦は力を抜いてインタロックすることでしたね。 メレンゲやサルサはパートナダンスですから、 ヨーロッパ的なダンスのエッセンスを持ちますが、 同時にその動きはアフリカ的な柔らかさ、タメ、ノビを重視します。 力を抜くことは初心者から上級者まで、誰にとっても肝に銘ずるべきモットーです。 背中にラインが入ってしまうとボールルームのようになってしまいますし、 猫背でもドジョウ掬いみたいになってしまいます。 自然に真上に身体を積んでいきましょう。

重心が前にあるというのは踵に重さが乗らないこととも言い換えられます。 とくにヒールを履くフォローは踵重心になるとほとんどまともにフォローできなくなりますし、 踵重心の人のヒールは骨や腱を痛めるほどの大怪我をさせるリスクまであります。 1曲ずっとフル・ルルベで踊れる自信がない人はスティレットは避けましょう。 ヒールが折れていても踊れる自信があるなら大丈夫。

ちなみに、フォローと違ってリードにとっては踵を使うことは大事なテクニック。 踵を使った体重移動のコントロールがあるからです。 ボールルームの教科書で「ヒール・トゥ」と呼ばれるこの技術は、 リードの基本でもあり、 ステップの持続時間を微妙に変化させることで フォローや楽曲のリズムのフラクチュエーションに対応することができます。 これができるとフォローしやすいリードになるので、 女性でフォローもリードも両方するという人は ヒールではなくフラットシューズを履くのがオススメです。

体重移動とその感覚

さて、体重移動というのはキューバンモーションを作るための最重要コンセプトです。

体重移動とは軸足に乗っている体重を反対の足に乗せ替えること。 例えば歩行は左から右、右から左へと体重移動を交互に繰り返すことで可能になります。 言葉にすればそれだけのことですが、学んでみると奥深い概念でもあります。

例えば左脚1本で立つことを考えてみましょう。 このとき身体の重さは左足の裏に100%ありますから、 右足を宙に浮かせることができます。 床に置いてある右足を持ち上げ、 前に出したり右に出したりしても片脚立ちをキープできる状態です。 ではこの状態から反対の右脚に体重を乗せ替えてみましょう。 分かりやすく片脚ジャンプして右に乗せ替えてみるとき、 左足裏に100%あった体重が瞬時に右足裏100%に移ります。 ここでは100対0が0対100に離散的に変化していますね。 実はパートナダンスではこういう動きはゼッタイに駄目、御法度なんです。

パートナダンスにおける体重移動はすべからく部分体重移動、 つまり100対0から90対10、80対20、……、20対80、10対90、0対100となるのが正解。 先の軸足から次の軸足に滑らかなグラデーションで体重が移動するんです。 左から右へとガツンと体重が移動するのではなくじわっと移動するということ。 もちろんこの間わずか1拍ですから時間にしてコンマ数秒なのですが、 ここに持続時間がある。 瞬間ではなくちゃんと長さを持った時間があるということがとても大事なアイデアです。

ステップの仕組みを体重移動の観点にフォーカスして記述してみましょう。 初期状態は軸足に体重が100乗っている状態。

  • 自由な方の足を持ち上げて次のステップの位置に移動させる
  • この足をステップ位置に置く
  • 置かれた足で床を圧しながら部分体重移動を始める
  • 新しい軸足に体重が100乗るところまで体重を移動する
  • 新しい自由足を持ち上げて(以下反対も同様)

繰り返しますが、これが1拍1ステップの間に起こります。 初心者にとってはステップをこれだけ分解して感じることは難しいかもしれませんが、 ゆっくり動きながら確かめてみてください。

足の位置を動かすときは軸足に100%体重が乗っていなければ動けません。 左右に50対50で体重が乗っているとき、どちらの足も持ち上げることができないからです。 これが90対10くらいだととりあえず右足を持ち上げられますが、 持ち上げた瞬間に身体が倒れ始めます。 もともと両足のあった2点を通る直線上、軸足と反対方向に傾くんですね。 いま、次のステップを踏みたい位置がその方向なのであれば 移動距離をコントロールするだけで問題ありませんが、 違う方向にステップを出したいなら軸足にしっかり100乗っていないとステップが出せません。 100乗っていればどの方向にでも自由に足を出すことができます。

自由足が着地するとその瞬間から体重移動が始まります。 猫足できる状態だとしても 厳密にいえば足が置かれるや否やにわずかな体重移動が発生しているからです。

さて、ここで体重移動の感じ方が次のポイントです。 猫足状態で置かれた新しい軸足に重心を倒していくだけでも体重移動できますが、 パートナダンスにおいて強調されるのは、 この新しい軸足で床をプッシュするということ。 体重を乗せながらこれ使ってを床にプッシュしてバランスをとるという感覚です。 体重を乗せないままに猫足で床を蹴ったら反対側に倒れるか重心が持ち上がってしまうだけ。 逆に体重を乗せるだけだとそこで動きが止まってしまって次の運動に繋がらないんです。 さらに細かく文節するなら、猫足を置く、そこへ体重を乗せる、 重さを感じながら床を圧すことで重さを受け取り、 そのエネルギィを全身に巡らせつつ体重移動を完了する、 というプロセスです。

そして、 床を圧したときに頭の高さが変わらないようにするというのがキューバンモーション。 頭の位置を変えないということは足の裏から首までの間で 上方向の運動を横方向の運動に変換する必要があります。 これを行うのが膝関節・骨盤・胸郭の連動した動きなんですね。

最初の猫足のときを考えてみましょう。 軸足を左とすると体重が100乗っていますから左膝は伸びています。 そしてその上の左腸骨は床と突っ張り合っていますから上方向やや左前方に押し上げられ、 右の猫足の膝は曲がって腸骨も下がっているはずです。 ここで右側に体重を移動すると右の膝は曲がったまま体重が加わってきます。 このとき踵の遊び分ほど重心の位置が下がっていきます。 重心が右足裏の真上まできたら今度は真上に向かって床をプッシュする。 すると右膝がだんだん伸びていき、左足は自由になっていきます。 右膝が伸び切る手前くらいで100右足体重になっていますので左足は自由に動かせます。 この膝の伸びる分、頭が持ち上がってしまうのを相殺するのが右腰の動き。 右の腸骨が上がり胸郭が左にスライドしていくことで、 重心が下がった分の位置ポテンシャルを運動エネルギィに変換し 身体の捻りというばねエネルギィに蓄える、というイメジでしょうか。

つまり綺麗な体重移動というのはエネルギィの無駄が少ない。 身体の重さを最初のエネルギィ源として ステップに必要な運動エネルギィと捻りのエネルギィを作り出し、 そのエネルギィが次のステップの予備動作になって 連鎖的にステップを左右に踏み替えることができる。 もちろん摩擦や微妙なブレーキによってエネルギィはロスしますから いくらか筋力を使ってはいるのですが、 体感としてはほとんど永久運動のように踏めるととても気持ちいいのがベーシックなんですね。 水平面内で骨盤と胸郭が斜め反対方向に引き合う動きがスムースにできるようになると、 メレンゲのステップを踏んでいるだけでセルフマッサージをしている気分になってきます。 ステップの移動もコネクションもターンパタンも すべてこのエネルギィを上手に使って行うという感覚があると力の抜けた優しいリード、 あるいは柔らかいフォローになっていきます。

明日に続きます!

posted at: 2024-12-16 (Mon) 12:00 +0900