Merengue Panic



第4打 火加減・塩加減・メレンゲ加減

料理は火加減・塩加減。スピンは選曲・メレンゲ加減。 いくらメレンゲが大好きだからといってパーティで 1時間に4曲も5曲もメレンゲが掛かるとさすがにちょっとなあ、と思いますよね。 ラテンダンスパーティの花形はやっぱりサルサ。 最近はバチャータメインのパーティなどもあるようですが、 ほとんどメレンゲばかりのパーティというのはちょっと考えにくいですね。 DJタイムにおけるメレンゲの役割をここで改めて考え直してみます。

クラブにとってのメレンゲの役割とは?

いくらメレンゲが大好きな人でもパーティで メレンゲ3連発となると、ちょっとお腹いっぱい感ありますよね。 サルサメインのパーティならサルサ100パーセントでもそんなに違和感はないですが、 メレンゲ100パーセントのパーティは難しいと感じます。

やっぱりラテンダンスのメインはサルサだよね、 ということなんですね。 メレンゲはたまに踊るから楽しいのであって、 毎曲メレンゲだとちょっとしんどい。 それは前回議論したように、 メレンゲははっきりしたスタイルがないダンスだということです。 サルサのように非常に明確なスタイル(=型)のあるダンスの場合は、 少ない労力で複雑な展開やヴァリエーションが作りやすく、 コネクションを通じてやりとりされる情報量も遥かに小さくて済むため、 連続して踊りやすいのだと思います。 これが「型」の大きな利点のひとつですね。

一方で、かつてのクラブではメレンゲやバチャータが サルサの箸休めとして定期的に選曲されていました。 フロアががら空きになってもメレンゲはスピンされていましたよね。 あれはいったいどういう事情だったのでしょう?

パーティでどの曲をどの順番で並べるのかを決定しているのは DJ さんですから、 この問いに答えるためには DJ さんの考えを理解しなければなりません。 これまで、この連載ではダンサの目線や音楽の観点からメレンゲを考えてきましたが、 今回は DJ さん目線、あるいはクラブ目線からみたメレンゲに迫ってみます。

DJ というお仕事

DJ さんの考えを知るといっても、そもそもDJ さんって何をする仕事でしょうか。 分かるようで意外に分かっていない DJ さんのお仕事、 ここでもまずは一からおさらいしてみましょう。

DJ とは Disc Jockey の略です。ディスクとはレコードのこと。 ジョッキィはもともと競馬の騎手という意味ですから、 何かを上手に乗りこなす人、操作する人のことです。 つまりレコードを見事に扱う人ということですね。 ラジオ DJ のようにレコードを掛けながらトークをする人もいれば、 クラブ DJ のように音源を掛けることが専門のジャンルもあります。

一般にクラブ DJ というと、ヒップホップ DJ のようにスクラッチしたり、 ハウスやアニソンの DJ のように曲をミックスしたりと、 高度に専門的な演奏技術を持った人を想像しますよね。 ジャンルや時代によって DJ に必要なスキルセットは変わりますが、 確かにかつては DJ をするためには大変な労力が必要でした。

現代ではとても条件がよくなっていて、 DJ の経済的な負担はずいぶんと減りました。 ディジタル DJ の時代になり、技術も道具も音源も格段にアクセスしやすくなっています。 音源の入手経路はほぼネットになり、 考えようによっては全員同じレコードボックスを背負っている状況です。 技術的にも、いまではヒップホップであろうとハウスであろうと、 DJ をはじめるのにそれほど沢山のギアは必要ありません。 最低限 PC が1台あればコントローラなしでもそれなりのレヴェルの DJ ができます。 USB スティック1本だけポケットに入れておけば、 手ぶらでスピンに出向くことが可能なフロアまであります。

ところで、フロアでの DJ の狙いというのは差し当って以下のふたつです。

  1. お客さんによい音楽をよい音で提供すること
  2. パーティの流れを統御してフロアを盛り上げること

そして、このふたつを実現するために必要な DJ の資質とは今も昔も、 おおよそ以下の4つに集約されます。

  1. 音楽に対する情熱があること
  2. 音楽に関する知識・技術を持っていること
  3. PA や DJ 機器に関する知識・技術を持っていること
  4. ダンスフロアをよく知っていること

つまり、どんなに派手なことをしているようにみえる DJ でも そのパフォーマンスの根幹の部分は、 何を選曲してどんな順番で並べるかです。 ハウスやヒップホップの世界でさえ、スクラッチやミックスの技量は、 このベースがあった上での副次的な能力である、 というのが多くの DJ の共通見解といいます。 よい音楽を紹介してよい音で聴衆に楽しんでもらうこと。 これはラジオやクラブも含めて DJ の基本的な姿勢といえます。

さて、ラテンパートナダンスシーンの DJ の話です。 ここではスクラッチや繋ぎやサウンドエフェクトは必要ないし、 MC だってそれほどありません。 これは伝統的なパートナダンスではスピンではなく、 バンドの生演奏で踊るのが一般的だったから、ともいわれます。

サウンドの質を高める努力はラテン DJ にとってももちろん最低限のマナーですが、 ディジタル化で環境面/経済力/機材面の差が小さくなった上、 これみよがしに技量をみせられるテクニックを使わない彼らにとって、 何で違いが出せるか、ということになると結局、

  • どんな音源を持ってくるか
  • どんな順番で並べるか

の2点のみです。たったこれだけでフロアの空気を作っていく力を 示さなければなりません。 まさに DJ としては最もミニマルな条件での勝負です。 飛び道具一切なしでフロアの期待に応えるラテンダンス DJ は、 「ベーシック」のみで人を楽しませるという意味で、 メレンゲダンサに似ているかもしれませんね。 つまり、見方によってはラテンパートナダンスの DJ とは 一見とても簡単な作業をしているようにみえて、 実は他ジャンルの DJ よりはるかに難しい制約のもとで 仕事をしているともいえます。

この点が充分に認識されないと、 ラテンパートナダンスのスピンは誰がやっても同じという無理解が広がります。 逆説的に、 DJ としての評価はレッスンやパフォーマンス時の音出しの技量の方が過大に評価される、 というおかしな現象もみられます。 コングレスやフェスには必須の能力ですが、 あくまで副次的な役割であり、 DJ の腕とはまず選曲と並べ方であるというべきです。

メレンゲでホイップする

客は音を楽しむ以上にダンスを楽しむ目的できているという事情もあります。 ラテンクラブにはスタイルもバックグラウンドも様々の人が集まりますから、 それぞれにフロアを楽しんでもらうための工夫が必要です。 また、単にずっと踊り続けてくれればよいということでもなく、 ドリンクを飲んでもらったり、会話を楽しんでもらう時間を作りながら、 フロアに出る人を順番に回す、という配慮もしなければなりません。 そんな働き掛けを DJ さんたちはほとんど選曲のみで行うのです。

こうしてメレンゲの重要な役割がみえてきます。 すなわち、人の流れをかきまぜ、会場の空気を変えること。 もっと端的にいうと、フロアにいるサルサのダンシングマシーンたちを一旦 カウンタに引き下がらせるというのがメレンゲの役割なのでした。

various salsas
various salsas from wikimedia.org

ターンパタンやスタイルが高度に発達しているサルサは、 何曲だって踊り続けられます。 これにはいい面もありますが、 お店の側からするとドリンクを飲む時間がないので売上が立たないですし、 特定のカテゴリのダンサがずっとフロアを占有してしまっては、 違うスタイルで踊りにきている人はなかなか楽しめないという問題も生じます。 なのでフロアの雰囲気を一気に替える選曲として、 かつてはメレンゲやバチャータがとても有効だったのです。 まさにメレンゲ加減こそが DJ の腕の見せ所というわけです。

したがって、メレンゲを掛けたときにフロアに隙間が出来るというのは むしろ狙い通りの効果といえます。 サルサのときとはガラっと違う空間になり、 上級者ばかりでなく初心者やソロダンス勢にも楽しめる時間が生じます。 また、ずっと踊り続けていた人には、 カウンタに帰ってきて冷たいドリンクを注文するリズムを与えます。 フロアのヴァイブスは高く維持したまま、 ダンサたちの振る舞いを「ホイップ」できるメレンゲは、 特にラテンクラブにおいて必要とされる選曲だったんでしょうね。

メッセージとしてのメレンゲ

このように、 メレンゲはその選曲の方法によってソロダンス勢のための時間を作ることもできますし、 初心者ダンサを誘える時間を作ることもできます。 その選曲が DJ さんからフロアへのメッセージとして伝わるのです。

かつてのラテンクラブではこうした DJ さんからの無言のメッセージを 感じることがよくありました。 ああ、このメレンゲは奥でずっと踊れていなかったラティーノたちのターンだなとか、 少し踊り過ぎのメンバを休ませるためだなとか。 あるいは、今の時間はカウンタが暇そうだからこの曲を差したのかなというような。 そういう意図をはっきりと感じる選曲というのはダンサ目線でも理解できましたし、 ブースの向こうにいる DJ さんと声なき会話をしているような気にもなったものです。 その流れに見事に乗せられてしまうと、たくさん踊ってちょうど疲れたときに、 まさにドリンクを頼みたくなるようなメレンゲが掛かる、 というようなことがよくありました。

ラテンクラブの場合は宵の口から翌日朝までの長丁場であり、 ドリンクの売上を意識しなければならないという条件があります。 日本人もラテン人も上級者も初心者もまぜこぜにやってくるし、 時間帯によってその客筋が大きく変化する。 こうした、ラテンクラブに特有の条件のもとでこそ「メレンゲの上手い差し方」 が要請されたともいえます。 現在主流のスタジオ系や公民館系などのように、イヴェント時間が短く、 似たようなスタイルの人が似たような期待を持って集まるタイプのパーティでは むしろ意図的にフロアを空ける時間なんてもったいなくて作れないかもしれません。

また、海外の大きなコングレスなどでも 2010年頃からジャンル別の専用ルームが立てられる傾向があり、 マンボルームではひたすらマンボ、 バチャータルームでは延々バチャータ、という縦割りが主流になったと聞きます。 こうした条件付きのプレイだと、 DJ さんたちは空気に合わせた選曲という訳にもいかず、 ダンサの方がルームを移動しながら踊り続けるという方法が定着しました。

こうなってはメレンゲの出番は減る一方です。 パーティ自体がスタイルごとに個別化し、短くなり、 様々なスタイルの人が一緒に踊るということが少なくなってくると、 メレンゲのような「自由区」はなくてもよいということになるでしょう。 スタイルごとに人を分けてしまった方が合理的だし、 ストレスも少ないし、経済的だというわけです。

東京でメレンゲが衰退したのはラテンクラブが朝まで営業できなくなっていた 時期にちょうど重なります。 また世界的にはコングレスの合理化が進んだ時期で、 ルーム別パーティの仕組みが定着してきた時期とオーヴァラップします。 さらに、バチャータやサルサで細かい流儀が乱立するようになり、 同じ空間を様々な人が共有する時代から、 個別の空間に分かれていくトレンドが、 国内でも世界でも進行していきました。

メレンゲ少々隠し味

実際には、スタイルのあるダンスほど多くは踊れないので、 そんなに沢山のメレンゲが掛かる必要なんてないんです。 ほんのちょっとでいいんです。 フロアに散らばっているスタイルを攪拌し、 混ぜっ返し、乳化させるのがメレンゲの働きです。 1時間に1曲掛かれば充分でしょうか。 それだけでパーティに隙間やゆとりができ、 アウトサイダや別のスタイルの人にも開かれた雰囲気を作りました。

DJ タイムからメレンゲがなくなったということは、 ラテンダンスシーンが多様な人々の交差点ではなくなった、 ということを意味しているとも解釈できるかもしれません。 たまにどうしてもメレンゲを踊りたくなる、 あるいはメレンゲを聴きながらグラスを傾けたくなるのは、 この時間こそが混淆文化としてのラテン音楽・ダンスの、 もっとも根源的なあり方を示してくれるような気がするからかもしれません。

posted at: 2021-06-27 (Sun) 02:00 +0900