Merengue Panic



第3打 メレンゲは二人で踊るモノ?

踊り始めた瞬間から曲が終わるのを待ち侘びてしまうようなメレンゲ、ときどきありますね。 なんだか踊りづらい、踊れない、あるいは飽きてしまう。 なぜメレンゲではこうした「困った曲」が出てくるのでしょうか? 実はメレンゲのある音楽的な性質のために、ダンスの種類を選ぶトラックがあるのです。

踊れるメレンゲと踊れないメレンゲ

少しはメレンゲに興味を持ち始めていただいているでしょうか。 ところで実際にメレンゲを踊ってみると、 なかなか上手くいかないこともありますよね。 なんというか、どうにも足が上手く動かない、 なんだか踊りづらい、 やっぱり自分にはメレンゲは向かないよ、 と感じるケースに出喰わす人もいるかもしれません。

そういうときは少し落ち着いて音楽の問題を考えてみましょう。 メレンゲの音楽は本当に多様で幅があるので、 もしかするとその音楽の方がたまたま パートナダンス向きでなかっただけかもしれませんよ。 これはダンサの問題であると同時に DJ さんにとっても大事なトピックですね。

そこで、今回はまずメレンゲの音楽の基本をおさらいした上で、 「踊れるメレンゲ」と「踊れないメレンゲ」という観点から メレンゲ音楽の全体像を俯瞰してみましょう。

メレンゲ音楽のあらまし

さて、メレンゲには様々な種類があるといっても メレンゲがメレンゲとして認識されるということはその核となる 音楽的特徴があるはずです。 既にみたように、古いクラシコないしティピコと呼ばれるタイプのメレンゲの場合、 それは、グィラとタンボーラの作るグルーヴが中心的な役割を果たしているのでした。

güira
güira from wikimedia.org

グィラ güira はサルサやチャチャでもお馴染のグィロに似た楽器ですが、 グィロがヒョウタンで出来ている植物製なのに対して こちらは金属製の寸胴型の体鳴楽器です。 バチャータでも使われます。 表面に小さな凹凸がついていて、それを "gancho" と呼ばれるスティックで 軽快に引っ掻いて音を出します。 音色は金属質で高音のスタッカートが小気味よく響きます。

グィラでは様々なパタンが演奏されるのですが、 よく耳にするのは 「チッチキチィッチ・チッチキチィッチ」と、 1234のダウンビート全体を強調しつつ、 さらに2拍目と4拍目のアフタビートにアクセントをつけた演奏です。 このグィラの音が耳に入ると自然と両足を交互に踏んでしまう、 それがメレンゲダンサの脊椎反応ですね。

tambora
tambora from wikimedia.org

そして、タンボーラ tambora はまさにメレンゲを特徴づけるリズムを叩いている 中心的な楽器です。 両面張りの太鼓で片側を手指で、もう一方をバチで打つ面白い奏法でプレイします。

このタンボーラのフレーズがメレンゲの核心です。 アロマコやパンビチェなど、 様々な変化のリズムを打ち分けてドライヴしていきますが、 デレーチョと呼ばれる最も一般的なリズムでは、 「ドポポドポーンカドンカカドンカカドポポドポーン」のようなリズムを打ちます。 キンシージョと呼ばれる5連符がトレードマーク。 ちなみに「ポーン」の部分がクラーベのアタマ(3サイドのひとつ目)にきます。 カタカナで書いてもちっとも分からないですが、 ぜひお手許の音源で確認してみてください。

ともかく、このグィラとタンボーラが作るリズムさえあれば 筋金入りのメレンゲーロならご飯3杯はいけるという寸法になっています。 ティピコではフロントのメイン楽器はアコーディオンが伝統的ですが、 現代のメレンゲはこれに加えて、パルスを短く強調するベース、 トゥンバオでまくしたてるピアノ、 リズムの厚みを作っていくコンガ、 そして、高速フレーズで掛合うホーンセクション、コロなどが加わり、 大変な音圧になります。 もちろんメレンゲは歌謡曲ですから、オーディエンス/ダンサは 詞も含めて大変な情報量で攻められることになります。 さらに電子楽器やらドラムやらまで乗ってきて、 かなりのビッグバンドになっているのが現代のスタイルです。

このメレンゲ・ビッグバンドが確立したのが60年代の頃で、 「エル・メレンゲ」こと Johnny Ventura の功績といわれています。 彼の Combo はホーンセクションが同時に踊り出したりして、 パフォーマティヴで大変賑やかなメレンゲになっています。 70年代には Ventura のスタイルを発展的に継承した Wilfrido Vargas が活躍し、 彼のプロデュースで多くの若手が育ちました。 そして、メレンゲ黄金時代とも呼ばれる80年代半ば以降のスーパースターが 皆さんご存知 Juan Luis Guerra です。 ひとまずメレンゲ界のレジェンドとしては以上の3巨匠を抑えておきたいところです。

80年代のサルサ衰退期にはニューヨークのラジオでもサルサはあまり掛からず、 メレンゲの方がはるかにたくさん流れていたという時代もあったといいます。

90年代になるとハウスやラップ、トラップラティーノなどの周辺ジャンルと融合した、 より都会的でアグレッシヴなメレンゲも増えてきて世界的にもヒットを飛ばします。 ちなみに、実は、現在のハウスや EDM 系の箱では結構メレンゲが掛かっていたりします。 面白いリミックスもむしろパートナダンスのシーンではないところで出てきています。 興味がある人は探してみると発見があるかもしれませんよ。

パートナダンスに向くメレンゲ

以上みてきたように、ざっと見渡しただけでも メレンゲ音楽の幅広さ、奥深さが理解できたと思います。 では、ここからはソーシャルダンサの目線でパートナダンスに向く メレンゲの楽曲を分類してみましょう。

今回、ここで扱いたいのは、

  1. カップルダンスとして踊りやすく、
  2. 音楽にはっきりとした展開があって楽しみやすい

というふたつの特徴を備えているメレンゲです。

ひとつ目の条件はカップルダンスで踊りやすいということですが、 これは音楽的には(荒々しくいい切ってしまえば) ダウンビートが強調されている曲という意味です。 メレンゲは構造的にダウンビートにアクセントが来るようになっていますが、 アレンジによってはホーンやコロのフレーズがウラ (ステップを踏むときではなく上げるとき)を強調していることがあります。 こういう曲ではちょっとリード・アンド・フォローで踊る感じになりにくいようです。 最も分かりやすいのはベースのトゥンバオで、 パルスをスタッカートで刻むようなタイプのメレンゲは ダウンビートが強調されるので、 パートナダンスとして踊りやすいといえます。

それから次の条件の「はっきりとした展開」ですが、 メロディからサビへとしっかり進行する曲で、 後半のホーンセクションのかけあい(マンボ) の部分にも曲調に変化があるような楽曲を考えていただければよいと思います。 ファンクのように、ワンコードやツーコードで1曲通してしまうほどの曲は メレンゲには多くないですが、 それでも同じフレーズがずっと繰り返すようなメレンゲなら一定数あります。 ダウンビート感さえ強ければペアで踊れない訳ではないのですが、 音楽的な変化が少ないため、 ダンスフロアでやや間延びしたり、繰り返しになってしまって、 やや退屈しやすい傾向があります。 こういう曲ではベーシックを中心にするよりも あえてパタンを展開しつづけた方がまだよいかもしれません。

具体的にいくつかの曲を挙げながら考えてみましょう。 まず、ふたつの条件を共に備えたパートナダンス向きの曲としては、 上に挙げた3巨匠を筆頭に、 60年代から80年代までのドミニカ系メレンゲの多くが含まれます。 ただし、テンポが速すぎる曲は除いて考えたほうがいいでしょう。 例えば、 Wilfrido Vargas の曲はオーセンティックでこれぞメレンゲ、 という曲ばかりで、誰にも踊りやすいと思います。

それからロマンティコと呼ばれるタイプのメレンゲは メロディラインも綺麗で曲の展開がはっきりしており、 なおかつリズムもダウンビート基調なのでとても踊りやすいはずです。 このカテゴリのミュージシャンとしては、 Sergio Vargas や The New York Band などが挙げられます。 彼らの曲はどれもはずれなくカップルダンスとして踊りやすいという印象です。 Rasputin なども情感のあるメロディでいかにもロマンティコですね。 例えばメレンゲ未経験の人達を誘う場合は、 こういう選曲のときを狙ってあげると好印象なのではないかと想像します。

ここで、少し比較対象として"El Tiburón" のような曲を取り上げると面白いです。 これは Proyecto Uno というニューヨークのバンドの曲ですが、 ラテンクラブではヘヴィロテ曲なので一度は聴いたことがある人も多いのではないでしょうか。 例の「ノーパレシゲシゲ」ですね。 この曲は純粋なメレンゲというよりも「メレンゲポップ」 というべきクロスオーヴァですが、 一応メレンゲとしての特徴はちゃんと持っています。 そうなのですが、この曲だとどうにも足が2拍子で動いていかない感じがあります。 だからペアで踊ろうとするとちょっと突っ掛かる感じがあるかもしれません。 その理由のひとつはこの曲ではメロディやホーンでウラのリズムが強調されていることです。 結果、アップビート感が強くなり、 アゲアゲの雰囲気になるのでソロダンスやアニメーションには最高で、 フロアはうんと盛り上がります。 一方、ラテンパートナダンスでは重心が下がる感覚が欲しいので、 こんな風にアップビートを意識させられるとソロダンス的な感覚になってしまい、 踊りにくいと感じるのです。 例えばラティーノ/ラティーナが複数人で輪っかになって それぞれが揺れていたりすることがありますが、 こうした雰囲気をフロアに作りたいときにこの曲を回すと、 とても効果的な選曲ということになりますね。

また、同じ Proyecto Uno の楽曲でも "Another Night" という別のヒットナンバの場合は、 充分パートナダンスのメレンゲとして踊れます。 これもクロスオーヴァのメレンゲですが、 こちらの方はアップビートがあまり強調されていないんですね。 こういう風に曲によってかなりパートナダンスとしての 踊りやすさが違う感覚が分かると思います。

もうひとつ例を挙げれば、 Chino & Nacho というベネスエラのデュオの "Niña Bonita" という大ヒット曲があります。 これは一見ちょっと軽薄風味で、クロスオーヴァ感もあるのですが、 これは普通にペアで踊って楽しい曲のひとつです。 やはりダウンビート基調になっていること、 曲の展開がはっきりしていることが指摘できると思います。

逆にパートナダンスで踊るにはちょっと難しいと思えるのは、 ニューヨーク系のメレンゲだと、例えば Mala Fe だとか Oro 24 といった人たちの曲です。 フレーズの展開の度合いが小さく、歌詞とリズムチェンジで聴かせるタイプなので、 綺麗なアップダウン感も希薄になっていて、 パートナワークにはちょっと向かないと思います。 その分、音楽的には高度な要素があるともいえるのですが、 楽しみ方が違う種類のメレンゲだと理解した方がよさそうです。

このように、メレンゲは二人で踊るだけでなくソロダンスを踊るという楽しみ方もでき、 またそのような踊り方を意識してアレンジされている曲も 沢山あるのだということを知っておくと、 フロアでの立ち回りに役立つかもしれません。

posted at: 2021-06-24 (Thu) 04:00 +0900