Merengue Panic



第9打 泡立つメレンゲ

今回は70年代・80年代のメレンゲの中心人物 Wilfrido Vargas が主人公です。 多くの新世代メレンゲーロ/メレンゲーラを育て、 このジャンルに新しい社会的役割を吹き込んでいったトランペッタ。 その作曲家・編曲家・プロデューサとしての卓越した手腕が切り開いた、 ドミニカ版「新しい歌」とは? ようやく現代のソーシャルフロアでもよく耳にする楽曲の話にも入っていきますよ。

新しい歌

独裁者トルヒーヨの暗殺の後、メレンゲを復活させた Johnny Ventura の仕事については、 以前触れましたが、その後も島には政治的な平穏は訪れませんでした。

ラテンアメリカの歴史を貫く奴隷制と独裁制の生傷は今も癒えることがありません。 やっと瘡蓋になったと思った頃にまた傷が裂け、 少し疼きが治まったかと思えばまた傷口をえぐられる、 ということが今も繰り返され続けています。

サント=ドミンゴ史上、最も民主的に選出されたボッシュ政権は、 アメリカ合衆国のジョンソン大統領を後ろ盾にした クーデタによって転覆させられます。 その後アメリカ海兵隊による占領、内戦を経て、 結果的に66年に政権の座についたのは トルヒーヨの子飼いでジョンソン大統領の支援を受けたバラゲールでした。 以後22年に渡ってその支配が続くことになります。

さて、60年代から70年代にかけてのラテンアメリカでは、 各地で「新しい歌運動」 (nueva canción) が草の根の拡がりを見せていました。 チリの Violeta Parra や Víctor Jara のようなフォーク歌手の名前を 聞いたことがある人も多いのではないでしょうか。 あるいはキューバ音楽ファンであれば キューバのジョン・レノンこと Silvio Rodríguez の名前とともに「ヌエバ・トローバ運動」という言葉をを聞いたことがあるかもしれません。 これらの名前はチリやアルゼンチン、キューバ、メキシコなどで起こった、 音楽を通じて政治改革を実現しようとするムーヴメントに関係するものです。

ドミニカのミュージシャン、 とりわけ Rafael Brenes の影響下にあった多くの若手音楽家たちは、 ドミニカ版の「新しい歌」運動に加わりつつ反バラゲール運動を展開していきます。 これがメレンゲの新しい変化の原動力のひとつとなっていきました。 Brenes は若手時代の Wilfrido Vargas のために歌を書き、 多くの若いミュージシャンを指導した人物です。 ちなみに、Brenes の初期の頃の生徒たち、 Víctor Víctor や Luis Días そして Sonia Silvestre 、 彼ら彼女らこそが70年代や80年代、 いわゆる第2世代のバチャータ運動を牽引した音楽家たちなんです。 バチャータが古くはプロテストソングだったというのは驚く人も多いのではないでしょうか。

Brenes が主宰し1974年にサント=ドミンゴで行われた伝説の 「人々のための7日間」と呼ばれるフェスでは、 ラテンアメリカ全土から多くの「新しい歌」運動の音楽家が集結し、 ドミニカン・ミュージシャンたちは大いに影響を受けたといわれます。 なお、既に国民的な人気を博していた Johnny Ventura もこれに参加していました。 若手が台頭してきたといっても、 やはり大衆音楽としての浸透力では彼の右に出るものはいなかったのですね。

クロスオーヴァするメレンゲ

エルヴィス・プレスリーに憧れた Johnny Ventura がメレンゲを高速化し、 ロックンロールのテイストを持ち込んだのに対し、 Wilfrido Vargas は自身の音楽を「ミニジャズ」と呼び、 ジャズやアラブ音楽のフレーヴァを導入して洗練させていきました。 トリニダードのソカのホーンセクションのモティーフを引用したり、 アコーディオンの響きを復活させるためにブルースハープで代用したりしました。 独創的でオープンマインドな Vargas のアレンジは現在にまで通じるメレンゲの特徴、 あらゆる混淆を許し自由に継ぎ木される音楽としてのメレンゲのベースになっています。

Wilfrido Vargas
album art of "El Jardinero"

そして何より特筆すべき Vargas の仕事は、 作曲家・編曲家・プロデューサとして 数多くの若い才能を育てたということです。

Los Hijos del Rey / Las Chicas del Can / The New York Band はメレンゲ界を代表するビッグネームばかりですし、 これらのバンドで育った歌手たち、 Sergio Vargas / Fernandito Villalona / Rasputín / Sandy Reyes / Rubby Pérez といった名前を挙げれば、 その後のメレンゲ界のスーパースターたちが揃い踏みであることが分かります。

さらに80年代に入ると、 Vargas はさらにカリブ海やラテンアメリカの多様な音楽のエッセンスを メレンゲに取り入れていきます。 ハイチのバンドで使うスプラッシュシンバル、 マルティニーク系のホーンセクション、 レゲエ(ジャマイカ)のリズム、 クンビア(コロンビア)の手組みなどもどんどんとメレンゲに混ぜていきます。 Vargas にはジャンル・ミュージックの縦割りなんて最初から全く眼中にないかのようです。

大衆音楽のしなやかでしたたかな生命力をひしひしと感じられるのが この70年代・80年代のメレンゲです。 即興性と創造力とフットワークの軽さを武器に、 音楽を更新していくメレンゲーロたちの耳と手の冒険にはただ快哉を叫ぶばかりです。

泡の軽さ

ところでメレンゲが苦手という人に話を聞くと、 その軽薄さ・下品さが駄目という声がときどきあります。 これまでも随所に記事の中でみてきた通り、 メレンゲという音楽はアフロ・カリビアンの高度な音楽性を充分に引き継いでいます。 そのポリリズムの複雑さにおいても、バンド編成の巧妙においても、 編曲の洗練においても、演奏の超絶技巧においても、 極めて秀逸な音楽であることは疑いようがありません。 それにも関わらず、 驚くほどに馬鹿げた歌詞、 心配になりそうなほどに底抜けに陽気なノリ、 ナンセンスなのか真面目なのかよく分からない謎のダンス、 といった要素を持つことも確かに事実です。 どうもメレンゲにはわざとやっているとしか思えないほどの過剰な 「大衆性」が刻まれています。 なぜあれだけ極端に狂れる必要があるのか。

ここまでの議論からも明らかなように、 メレンゲは非常に高度な政治力学の中で揺られ続けてきた音楽です。 それは音楽に留まらず、ラテンアメリカ世界の生活というものが、 過酷な歴史的・地政学的位置によって歪まされているからに他ならないということです。

単純に民衆の心を正直に歌にすることが許されている環境ではなかった、 ということもあるでしょう。 ダブル・ミーニング、複雑な修辞、 ナンセンスな構文などを駆使して意図やメッセージを曖昧にする技術ですね。 ドミニカ共和国に限らず、 今でも多くの地域では政治的な検閲や弾圧を上手に かいくぐっていく機智がミュージシャンをはじめとする表現者には求められています。

同時に受けとめる民衆側の心も集合的に深く屈折しているといえるでしょうか。 メレンゲに刻まれた大衆性は単なるカモフラージュというよりも、 剥せないほどに強固に一体となったメレンゲの瘡蓋のようなものかもしれません。 それを破ってしまったら一気に血が噴き出してしまうような腫れ物であり、 かといって決して癒えることのない不治の傷口。 あの極限まで練り上げられた素頓狂の中には、 ラテンアメリカ世界がその歴史を通じて 獲得してきた癒えない傷と深い智慧とが一緒に混ぜ合わせて含まれているようにも思われ、 同時にそれを棄てないで晒し続けるミュージシャンたちの 矜持のようなものを感じられないでしょうか。

プレイリスト

さて、ではここで Vargas 世代の名曲を少しだけご紹介しましょう。 ちなみに彼らの多くはメレンゲだけではなくサルサの名手でもあり、 実はドミニカン・サルサにはかなりの名曲が眠っています。 この辺を掘ってみるのはサルサファンにとってもきっと楽しいと思いますよ。

ともあれ、まずは Vargas ご本人名義の "El Jardinero" (『庭師』)から始めましょう。 スローテンポで踊りやすく、まさにダンスフロア向けの名曲です。 歌詞は表面的には少しコミカルに庭師の恋慕を歌うだけの穏当な内容です。 ポップなシンセサイザを用い、リズムはややクンビア風、 ファルセットでどんどん上がっていくヴォーカルで盛り上げながら、 ラップ調の裏メロを絡ませていくのは、 Vargas 真骨頂のアレンジです。 様々な他ジャンルのエッセンスを見て取ることができますね。

また、メレンゲとレゲエのフュージョンとして有名なヒット曲 "La chica de los ojos cafés" (『コーヒー色の眼のあの娘』) は同じトーンのリフレインが印象的な楽曲で、 スローではあるのですが、 構成の単調さから、パートナダンスを踊るにはやや向かないかもしれません。 こういう曲はカクテル片手に揺れながら聴きたいチューンです。

次に、 The New York Band の "Nadie Como Tu" はダンサならメレンゲ・ロマンティコの名曲として挙げない訳にはいきません。 単に平歌部分からマンボセクションまでの流れがスムースかつメロディが綺麗で、 テンポとしても非常に踊りやすい、というようなことだけではないのです。 この曲は初めて聴く場合でもダンスフロアでのリードがしやすいように いろんな仕掛けが入ったアレンジで、 まさにカップルダンスを踊るために作られたメレンゲといえるのです。 フレーズごとに次の展開が予想しやすいキューがいちいち入っていて、 リードが迷ったり不安にならないようなアレンジになっています。 構成自体も非常に分かりやすいので初心者でもミュージカルに踊ることができる、 特異なダンサブルナンバです。 どんなメレンゲを掛けていいか分からない DJ さんにとっても、 黙ってこれを掛けておけば間違いない、という1曲です。

最後に Los Hijos del Rey の出身の Rasputín による美しいマスタピース "Oye" をご挙げておきます。 80年代の貧困と酷薄の暗い時代、 徹底的に明るく庶民をはげまし、希望を歌ったこの曲は、 ダンスチューンとしても見事にバイラブレの一曲です。 テンポも踊りやすく、構成上も非常にリードしやすい展開になっています。 詞はひたすら日々に存在する小さな「よきコト」の名詞を並べただけ。 愚直なまでの人生讃歌というべき歌詞とメロディです。 ただし、その鋭い庶民感覚によって、 何が大切なもので何がそうではないのかを人々に示すその端的な言葉が、 瘡蓋の疼きに耐え続けるドミニカの人々の心をどれほど慰めてきたか、 想像することさえ叶いません。

ラララ、ラララ、ラララ……

ねえ、眼をあけて。顔を上げて。 人生を楽しんで。

道端での一休み。ワインボトル。 ほっと一息。ちょっとした眼差し。楽しげな笑顔。 鏡に映る顔。友達。気の利いた一言。 ボート競走、もし一着が取れなかったとしても。 金のために走っているのではない馬。 ヤシの林。小川。切り取った空。 周りを見回せば愛すべきものがある。 人生はアモール、悲しみは忘れて。 (抄訳)

posted at: 2021-07-28 (Wed) 23:00 +0900