薄れゆくメレンゲの記憶
メレンゲというと、 東京のサルサシーンなら2010年代の半ばくらいまではそれなりの頻度で掛かっていました。 サルサ6割/バチャータ2割/メレンゲ1割/その他1割くらいあたりが 平常運転時のクラブの平均的な選曲割合だったでしょうか。 公民館などでもこの頃まではちゃんとある程度メレンゲが掛かっていたように記憶しています。
ところが2010年代の後半からはめっきりメレンゲを聞かなくなっていきます。 たまにメレンゲが掛かると喜び勇んでフロアに出てくる少数派もいるにはいるのですが、 かなりのヴェテランさんばかり。 新しい世代にとってはなんだかよく分からないジャンルとして遠巻きにされているようです。 2010年代の半ば以降にスピンを始めた新進気鋭の DJ さん達の中には、 サルサや今風のバチャータはチェックしていても、 メレンゲについてはよく分からない、という人も多くなっています。
このために、フロアでメレンゲが掛からない、 メレンゲの踊り方が分からないダンサが増える、 DJ さん達もメレンゲを掛ける動機がなくなる、 気付けばメレンゲの掛け方が分からなくなる、 たまに掛けても不発になる、 もっと人が踊らなくなる、 という連鎖が進行しているようです。
こうして、いまやメレンゲって何それ、食べれるの? という人がずいぶんと多くなってきました。 もはや DJ さん達にとってもメレンゲは気軽に掛けられるジャンルではなく、 下手をすると一気にフロアが冷めてしまいかねない、 危ないジャンルとして忌避されるようにさえなってきています。 これはまさにメレンゲの危機です。 ついには「メレンゲの危機は世界の危機である(謎)」 などと掲げながらメレンゲの啓発活動を始める連中が出てくるほどに事態は深刻化しています。
メレンゲのおさらい
さて、そもそもメレンゲってどんなジャンルでしょうか。 知らない人も増えてきたことですし、 ごく初歩的なところから復習してみましょう。
メレンゲはカリブ海のドミニカ共和国に起源を持つ音楽/ダンスです。 アフロ=カリビアンのジャンルミュージックはそのほとんどが キューバ産だと思われがちですが、 お隣りのエスパニョーラ島にはメレンゲとバチャータの2大ジャンルがあります。 メレンゲはラテンアメリカ諸国全域や北米では大変な人気があり、 アフロ=カリビアンの音楽/ダンスのエッセンスが詰まっています。
音楽としてのメレンゲは、 タンボーラという両面張りの太鼓と、 グィラと呼ばれる金属製の体鳴楽器で作る2/4拍子のグルーヴが特徴的で、 底抜けに陽気でダンサブルなリズムです。 アコーディオンがリードする古典的なスタイルもありますが、 現代のメレンゲはピアノやコンガ、ベースなどにホーンセクションやコロが加わって、 非常に厚みのあるビッグバンド・サウンドになっています。 ダンスのステップ数で考えると、 バチャータよりは速いがサルサよりは遅いくらいの曲が多く、 実質的には倍テンのホーンやベースのフレージングは驚くべき細かさで拍を割り、 さりげなく超絶技巧が満載だったりします。 音数の点でもリズムの複雑さの点でもポピュラー音楽としては、 限界に近い高難度を平然と攻めつつも、 がらっぱちとも俗悪ともつかないギラギラした雰囲気の曲が多いという印象もあって、 非ラテン諸国の人々にとっては理解不能なローカル音楽、 あるいは単に土臭い下品な音楽として軽視されているきらいがあります。
さて、このように音楽としてのメレンゲは非常に複雑で、情報量も多いのですが、 一方でダンスとしてのメレンゲは極めて単純なカップルダンスです。 はっきりと区別できるような決まったスタイルは特になく、 2拍子で足を踏めればとりあえず踊れるその敷居の低さから、 ラテンダンスの入門と位置付けられています。 立って歩ける人なら30分程度の練習でも 最低限のカップルダンスを踊れるようになるのがメレンゲの魅力です。 ややこしいスタイルの区別も複雑なターンパタンに習熟する必要もなく、 誰でも好きなように踊ることができます。
サルサクラブなどのソーシャルダンスのシーンでは、文字通り「皆のダンス」といわれます。 相手がon1でもon2でもキューバンでも全く関係なく踊れますし、 初心者同士や上級者同士、 あるいは初心者と上級者の組み合わせであっても楽しく踊れるメレンゲは、 垣根を超えて誰とでも楽しく踊れるダンスです。
とはいえ、 メレンゲのステップはサルサやバチャータをはじめとするラテンダンスの基本そのものです。 サルサを上手になりたかったらメレンゲを踊れ、ともよくいわれます。 さらに、ステップが分かりやすく、ターンパタンもゆっくり動くものが多いために、 コネクションやミュージカリティなどにもフォーカスできる余裕が生まれます。 単純な分だけ奥が深い、噛めば噛むほど味が出るダンスです。
すなわち、単純だけど奥が深く、基本のエッセンスが詰まっているカップルダンスを、 土臭さを残しつつも非常に現代的に洗練もされた音楽で踊る、 それがメレンゲです。
メレンゲの逆境
こうした特徴と現代の社会状況を考えるとき、 「だからメレンゲが終わるのは仕方ない」という結論と、 「むしろ今こそメレンゲの復活が待望されている」という結論と、 両方を導くことが出来るかもしれません。
メレンゲは、以前のシーンでも、 あくまでもサルサを踊っているうちに自然に覚える オマケのダンスという扱いでした。 効率や分かりやすさが叫ばれる現代にあって、 オマケ扱いのダンスジャンルのひとつが消滅するのは、 むしろ必然的な淘汰ではないか、という声が聴こえてきそうです。
また、インタネットの普及をきっかけにダンスシーンの世界化が急速に進みました。 どの街のクラブのフロアにおいても国籍や国境の厳密さはほとんど消滅しています。 歌詞の意味を理解しながら踊る人はむしろ少数派。 コスモポリタンに洗練されたサルサに比べると その土着感が臭うメレンゲが国際的なマーケットに置いていかれるのは必然かもしれません。
インタネットを中心とするダンスコミュニティでは、 「動画映え」するダンススタイルの人気が出ます。 男女が5分間ゆったりとコネクションたっぷりにベーシックを踏んでいるだけの動画が 100万再生になることは想像できません。 おそらく、メレンゲみたいなタイプのジャンルは ダンスビジネスの中でも一番お金にならないんじゃないかと思います。 再生数が伸びないだけでなく、 入門のハードルが低いのでレッスンの需要もほとんどなく、 まして、パフォーマンスやコンペティションということになると サルサ以上に全く向かないジャンルなのですから。
そもそも、メレンゲはスタジオやレッスンで教えたり教わったりするものではなく、 箸の持ち方や自転車の乗り方のように、 家族や友人との関係の中で自然に覚えていくのが一般的でした。 つまり、最初からマネタイズとかマーケティングなどといったアイデアとは 食い合わせの悪い存在です。 このことは現代のトレンドの中でメレンゲに関心が集まらない理由ではありますが、 パートナダンスとしてのメレンゲに魅力がないということは意味しません。
蘇るメレンゲ
最近、メレンゲの普及活動をしています、 と人に話すと意外に好意的な反応をもらうことがあります。 ヴェテラン勢の懐古趣味みたいな話もないわけではありませんが、 若手の人にもなんとなくメレンゲが気になっている人がいることが分かってきました。 言葉ではなかなか説明できないけどどうもメレンゲには そこはかとない妙趣があるのはと直観しているようなのです。
メレンゲのよさとは何かと問われれば、 なによりもその音楽の豊かさがひとつ、 もうひとつはダンススタイルが存在しない自由なダンスということです。
ただ、このふたつがどうしてそんなに大事なのかともう一歩踏み込んで訊かれたとき、 きちんと答えるためにはそれなりのヴォリュームの言葉が必要だと感じるようになりました。 それがこのサイトを立ち上げた理由のひとつでもあり、 このサイト全体が回答になるようにできればと考えています。
メレンゲを聴こう、メレンゲを踊ろう。 メレンゲを踊る人が増えたからといって世界の危機が去る訳では全くないですが、 少なくとも希望の兆しとして受け止めることはできるんじゃないかと思っています。