Merengue Panic



第3歌 ババル・アイェ

楽曲・映画・書物などをひとつ取り上げ、 自由に議論する集まり「クラーベ座談会」。 今回のテーマはダンスホール・サンテリアの嚆矢 "Babalú Ayé" です。

この座談会は、 クラーベという人類の叡智にしてアフロラテン音楽のエニグマに関心がある人が集まって、 楽曲や映画、書物などを取り上げて自由に議論する場です。 今回はBob さんがサンテリア由来の名曲、 "Babalú Ayé" をチョイス。 ミュージシャンらしいトピックを選んでくださいました。

今回のトークの参加者はプレゼンタのBob さんに加えて、 Alice さんCarol さんの3名です。

サンテリア

(B) こんばんは。今回は自分の番です。 かなり難しいのをテーマにしてしまいました。 "Babalú Ayé" です。 若い頃にアフロ=カリビアンの基礎として Merceditas Valdés の歌をずいぶん熱心に聴いた思い出の曲。

(A)(C) よろしくお願いします。

(B) この曲の前にいくつか確認しなきゃいけないことがある。 まず、サンテリアの話だけど、 自分はあんまり詳しくなくて今回改めて調べて直してみてとても勉強になったよ。

(A) ラテン音楽のルーツに関わる部分ですね。 サンテリアというのはアフリカの宗教がカリブ海に定着したもの、 という理解でいいんでしょうか。

(B) キリスト教と習合したり独自のものも生まれてきたりというのはあるようだけど、 ざっくりいうとひとまずそういうことでいいんじゃないかな。 もともとサンテリアは門外不出で、 20世紀の初め頃までは外の人にはよく分かっていなかったらしい。

(A) 昔は駄目だったんですね。 いまはキューバ行くとサンテリアの儀礼をみせてくれるツアーとかもありますね。

(C) 観光資源にしている場合もあるんでしょうね。 それでも一部の本当に大事な儀礼 bembé なんかは いまでも観光の人なんかにはみせないと聞いたことがあります。

(A) ああ、確かにそうかもしれないですね。 よく知らない文化をなまかじって理解した気になるのは危いですね。

(B) サンテリアはバタという3種類の両面張りの太鼓が演奏するリズムに合わせて、 歌とコロが載るというのが基本のアンサンブルだけど、 ベルや他の打楽器が入るヴァリエーションもある。 最初はかなり難しいと感じると思うよ。

(A) サルサを長く踊っていてもどこが拍の最初かよく分からないんですよね(笑)。 ルンバも難しいけどサンテリア系はもっと難しいという印象です。

(C) わたしも正直よく迷子になります。 ポリリズムは本当に難しいです。

(B) これはやっぱり学習して練習しないと身に付かないものだよね。 馴染んでくると音の聞こえ方も全く違ってくるし、 楽しくてしょうがなくなるんだけど。 そこまででもかなりハードルが高いし、 自分でリズムを作れるようになるのはさらに難しい。

疫病の神

(A) それでダンスコミュニティではちょっと敬遠されるんですね。 キューバン踊っている人にはもっと身近なのかもしれませんが。 ところで今回のテーマの「ババル・アイェ」ってどういう意味なんですか?

(B) オリシャ、つまり神様の名前だね。 一応確認しておくとサンテリアという宗教にはいろんな神様がいる。 チャンゴとかオチュンとかエレグアとか、もっとたくさん。 その中のひと柱にババル・アイェもいるというわけ。 それぞれがリズムとか色とか性質を持っているというのだけど、 それがキリスト教と習合したときにそれぞれ聖人と同一視されたりして、 複雑な体系になっているらしい。

(C) アフリカでは民族によっても名前や属性がちょっとずつ違ったりしますよね。 それがキューバとハイチとブラジルでもそれぞれ変化したり、 みたいなこともありますからね。

(B) このババル・アイェのオリシャとしての特徴としては、 まず彼は疫病の神様なんだね。 天然痘とかはしかとかそういうのを治してくれる癒しと健康の神様。

(C) そういうとすごく慈悲深いだけの神様みたいですけど、 けっこうトリックスター的な神様だとも聞きます。 欲張りで危ない神様とも。

(A) 宗教的には深い意味がある?

(C) 健康そのものの化身みたいな神様だから、 やっぱり思い通りにならないことも多いし、 神様の「気紛れ」に影響を受けることも多いと考えるのかもしれません。

(B) なるほど、 チャンゴとかみたいに気軽に遊んでもらえる神様じゃないということね。 自分の健康で遊ぶというのは危ないもんな。

(A) 確かにそうですね。

(C) 古い宗教では健康を扱う神様は生と死も同時に扱いますが、 ババル・アイェもそういうタイプの神様で、 命を与えたり奪ったりする能力があると考える人もいるようです。

(B) 怖ろしいな! まあともかくそういう神様の歌です。

音楽の transculturation

(B) 歌の話に戻ると、これを歌った Merceditas Valdés が出した "Toques de Santos" という 1946 年のアルバムが、 こういう準宗教音楽が大衆音楽として発売されるきっかけになった、 というのが今日のひとつのポイントです。

(A) こんなに怖い神様の歌をレコードにしちゃったんですね。 いろんな方面から文句が出てきそうです。

(C) Fernando Ortiz というキューバの人類学者/音楽学者がいますが、 その彼が Merceditas を見出したという経緯があるんですよね。

(B) ああ、そうそう。 アフロ=カリブ音楽の話になるとよく Ortiz の名前が出てくるよね。 彼は学者肌だから宗教的な禁忌みたいな感覚には疎かったのかな?

(C) そういう言い方もできるかもしれませんが、 わたしは彼はむしろ意識的にやったと感じています。 つまりこれまで隠されてきたものを公にすることに意味があると考えていたのではないかと。

(B) どういうこと?

(C) たぶん Ortiz の仕事で一番有名なのは "transculturation" という重要な言葉を作ったことだと思います。 簡単に説明すると、ある文化が別の文化に伝わるとき、 ひとつの文化が完全に上書きされるのではなく、 そこで融合して混淆して全く新しいものが生まれるということ。 ここで強調されているのは、 新しい文化に完全に置き代わったり根こそぎ古い文化が消えたりする訳ではないという点です。

(A) 植民地主義を経験したカリブ海の人にとっては抜き差しならない話ですね。

(C) 文化の伝搬はとても複雑なプロセスで、 伝わった先で独自の発展をしたものが逆輸入されたり、 それがまた別の文化圏で新しく解釈されたり、 相互に影響を与え合いながら展開すると Ortiz は考えました。 グローバルな時代ではさらに伝搬の複雑さは大きくなっていきます。

(A) まさにラテンダンスコミュニティの拡がりなんていい例ですよね。 いま世界中でサルサを踊っている人のことを考えると スペイン語を話さない人の方が圧倒的に多数派というのはよく聞く笑い話だけど、 これも transculturation の結果ともいえる訳ですね。

(C) そうかもしれません。 だから Ortiz は素朴な民族主義とか伝統主義の視点でサンテリアの 「秘教性」を保存し続けさえすればよいとは考えなかったし、 もちろん、そんなことは不可能だとも知っていました。

(B) ああ、そういう風に考えるとまた見方が違ってくるね。 文化の融合や展開がどうなっていくかは予測がつかないとすると、 新しいものが生まれてくる可能性を信じていた、という理解もできるのか。

(C) 出遭い方によっては一方の文化が他方の文化を破壊することもある、 というのは Ortiz もよく知っていましたし、 実際ネイティヴ・アメリカンたちの文化が スペインの植民地主義によって根絶やしにされたことを彼は嘆いています。

(B) そういう Ortiz の薫陶を受けた Merceditas がサンテリアを歌い続けていたと考えるとなかなか味わい深いね。 ここで、改めて彼女のババルを聴いてみようか。

Merceditas Valdés - Babalú を再生

(A) なんだか懐しい感じもするから不思議ですね。 わたしなんかだとババル・アイェと聞くと、 Celia Cruz が歌っているメドレーのヴァージョンを一番最初に思い出します。

(B) そう、あれはまさに大衆音楽化したヴァージョンだよね。 もともと Margarita Lecuona の作った曲で、 Miguelito Valdés をはじめ、多くの歌手が歌って大ヒットした曲です。 こっちはコミカルなテイストになっている。

(C) Miguelito はお父さんはスペイン人、お母さんがチカーナ、 しかもボクサでもあるという変わった経歴の人でしたね。

(A) Merceditas が歌っているのは伝統的なヴァージョンなんですか?

(B) 彼女は小さい頃からカビルドなどで覚えたものが たくさん身体に詰まっている人だったみたいだね。 もちろん、公に歌うということで儀礼で歌うのとは違うはずだけど、 かなりそのハートは残っていると考えていいんじゃないかな。

Merceditas
Merceditas Valdés

(C) Merceditas は9月24日生まれなんですけど、 ちょうどオリシャでいうとオバタラの祝祭の日なんですよね。 しかもメルセデスの聖女の祝祭日でもあるという。 Fernando Ortiz が「小さなアチェ」と彼女を呼んだのも納得です。

(A) もうサンテリア歌うために生まれてきたみたいな人ですね。

(B) ともかくこうしてサンテリアの音楽が世界音楽の舞台に上がるようになって、 ラテン音楽のみならずジャズや前衛音楽にも大きな影響を与えていくことになる、 というのが音楽的な流れとしては肝腎。

(C) それこそ transculturation の音楽的展開で、 ものすごく複雑にいろんなジャンルに影響を与えたということなんですね。

(A) いまわたしたちが聴いているイージィリスニングなロマンティカなんかも、 背景にはこういう流れがあるって知って聴くとまた違った感じがありますね。 ラテンアメリカ文化の複雑な多文化性を改めて痛感します。

(B) 面白いね。ちょっとややこしい話も多かったけど、今回はこの辺で。 どうもありがとうございました。

(A)(C) ありがとうございました!

posted at: 2021-12-25 (Sat) 12:00 +0900