Merengue Panic



第2歌 ソンは丘からやってくる

楽曲・映画・書物などをひとつ取り上げ、 自由に議論する集まり「クラーベ座談会」。 今回のテーマはソンの名曲 "Son De La Loma" です。

この座談会は、 クラーベという人類の叡智にしてアフロラテン音楽のエニグマに関心がある人が集まって、 楽曲や映画、書物などを取り上げて自由に議論する場です。 今回はCarol さんがソンのスタンダード "Son De La Loma" についてお話ししたいとセッティングしてくださいました。

今回のトークの参加者はプレゼンタのCarol さんに加えて、 Alice さんBob さんの3名です。

ソンの偉大な古典

(C) こんにちは、今回のセッション担当させていただきます。 いろいろ考えたんですが、テーマは "Son De La Loma" にしました。 とても簡単なのになかなか深い歌詞がとても興味深かったです。 よろしくお願いします。

(A)(B) お願いします。

(C) ではいつものように楽曲の基本情報からはじめますね。

キューバの音楽文化についての話になると、 たくさんジャンルはあるけど、だいたいまずはソンの話ですよね。 この曲はそのソンの起源を歌っているということで、 スタンダード中のスタンダードになっていますよね。

(B) ラテンの人にめっちゃ練習させられた! 文字通りソン・クラーベの練習に最適だといわれたよ。

(A) へー、ソンは踊ったことないけれどとっても興味あります。

(C) この曲はたくさんのミュージシャンがカヴァーしていますけど、 最初に歌ったのが Trío Matamoros という伝説的なソンのグループでした。

この Trío Matamoros は 1925 年に Miguel Matamoros という人がリーダになって作ったそうです。 メンバチェンジも多くて元の名前はトリオなんですけど割とたくさんメンバがいた時期もあるみたいです。 そのときは名前も Conjunto Matamoros となっていたみたいですね。 1945 年から少しの間、若き日の Benny Moré がいたらしいです。

Trío Matamoros
Trío Matamoros from wikimedia.org

(B) ソネオのマエストロ Benny Moré が下積み時代にいたバンドなんだね。

(C) Miguel Matamoros はソングライタとして一流のキャリアを持っています。 今日のテーマである "Son De La Loma" だけでなく、 "Lagrimas Negras" とか "El que siembra su maíz" とか、 それ以外にもたくさんソンのスタンダードを書いているそうです。 まさに「ソンの先駆者」ですね。

(A) へー、 "Son De La Loma" と "Lagrimas Negras" って同じ人が作ってたんですね。

(B) そう考えると自分が駆け出しの頃練習させられたソンってほとんど Miguel Matamoros なんだ。 足を向けて寝れないね。

(C) それから、この曲のタイトルはふたつの意味のかけことばになっています。 "son" は音楽のジャンル名としての「ソン」のことであり、 同時に単なる "ser" という意味でも解釈できます。 "loma" は「丘」とか「山」の意味ですから、「ソンは丘(の向こう)からやってくる」ともとれますし、 「彼らは丘(の向こう)からやってくる」とも理解できるんですね。

(A) ラテン音楽の歌詞には本当によくダブルミーニングが出てきますね。

(C) そうなんですよね、今回もその部分が気になってとりあげたんですよ。

(B) 丘っていうのはどこの丘なの?

(C) じゃあ詳しく歌詞を見てみましょう。

平地 vs 山

歌詞の大意はこんな感じなんです。

ねえ、ママ、教えて
あの歌い手さんたちはどこから来るの?
とっても素敵よね
わたし、あの人たちのことをもっと知りたい
心に響くあの歌も覚えたい

あの人たちはどこから来たの?
ハバナから?
それともサンティアゴ?とびきりの土地

あの人たちはね、丘の向こうからやってくるの
そしてこの平野の街で歌ってる
そのうち分かるわよ、きっとね

ママ、あの人たちは丘からくるのね
ママ、あの人たちは平地に降りてきて歌うのね
ママ、あの人たちは丘からくるのね
ママ、あの人たちは平地に降りてきて歌うのね

(B) なるほどね、ミュージシャンのファンの子の話なんだ。

(C) 女の子はミュージシャンが気になってるみたいですね。 それでお母さんにどこから来たのかを尋ねている。

ここでは「丘」と「平地」が対比されていていろんな「読み」が可能になっています。 一般には野性的な丘から来た音楽家というちょっと危ない人種に憧れを持つ、 都会の「平野」に住んでいる純朴な少女という意味で解釈することが多いようです。

(A) いかにもキューバ風ですね。男性が女性を誘惑するとか、 誘惑される女の子というモティーフは多いですもんね。

(C) それでもここで女の子は独りで男性であるミュージシャンと直接向き合うのではなくて、 お母さんの影に隠れて覗き見しているですよね。 幼なさとか可愛げを感じさせます。

(A) 確かにちょっと変だけど、 昔からミュージシャンは無頼というかちょっと怖い存在だったんですね。

(B) そんなことないのに。優しいよー。

(C) それが怖い(笑)。まあでもアウトローな感じが魅力である、ということもあったんでしょうね。

(A) ステレオタイプではあるけど、ミュージシャンがちょっと悪そうで、魅力的で、軽薄で、 というのはニューヨーク・マンボの正装が「コレスポンデント・シューズ」だという以前の話とも繋がりますね。

(C) ところで、ハバナからみると東側のオリエンテ地方は標高が高くなっています。

(B) 確かサンティアゴ・デ・クーバがソンの発祥なんだっけ? ハバナやマタンサスとはまたちょっと違う音楽の街という印象がある。 ちなみに、革命のときにゲバラたちが拠点にしていたのもシエラ・マエストラだったよね。

(C) 面白いのは西側の音楽はヨルバ系の人の影響が大きいけど、 東の音楽はバンツー系が強いそうなんです。 だから、ソンをはじめとして東のチャングィとかネンゴンのような音楽は、 同じキューバ音楽といってもルンバみたいなのとはちょっと毛色が違うんですって。 だから「平地」と「山」はアフリカン・ルーツの対比にもなってるんです。

(A) へー、ルーツが違うとなると 「山」の男性が「平地」の若い女性の心を奪ってしまうというのは、 ますます事件性を持ってきますよ。

(C) ちなみに、ここでの「丘」は "loma" という語なんですけど、 ソンといえばソン・モントゥーノ、 モントゥーノはマウンテンということだから、 これって「山のソン」っていう意味になりますよね。

一番盛り上がるところだから、って聴いたことがあるよ。 同時に実際にオリエント地方の山の方っていうことでもある訳だ。

そう、「山場」っていうことですよね。 ソンでは最初のパートでテーマを歌ってから、モントゥーノに移って一気に盛り上がります。 盛り上がったらあとはいくらでも続けられるんでしょう?

(B) ソネオといって歌い手は即興でどんどん歌詞を作っていきながらリフレインを繰り返す。 他のメンバは基本の手組みでバッキングしつつ、ソロをとる人はリズムを縫って自由に暴れ回る。

(C) そういう意味ではソンという音楽スタイル自体が大きく 「平地」と「山」の部分に分かれてるんですね。 ソンの構造そのものを説明している歌詞、と理解してもいいんですね。

(B) そういえば音楽では「平歌」と「山場」っていう言い方は普通にするもんね。 ソンのクエルポは平歌だし、モントゥーノは山場。

(A) 本当だ、面白い!だからタイトルのダブルミーニングが利いてくるんですね。 ただ軽薄な音楽家のオジサン的願望を歌っていただけじゃないんだ。

(B) ……。

(C) とてもよく出来ていますよね。 「ソンは山の向こうから」というのは、 モントゥーノこそがソンの核心だといっていることになる。 当然ここでの力点は「平野」よりも「山」の方にあるわけですからね。

(A) メレンゲとかサルサで「マンボ」って呼ばれるパートも、 要はモントゥーノなんでしょう?

(B) そうだね、同じ役割だといっていいと思うよ。 どのジャンルでも後半の山場ではどんどんトランスしていくし、 野蛮とか自然とか未開の力が噴き出してくる、という感覚があるかな。

(A) ダンサにとってもなりふり構わず踊りたくなるパートですね。

(C) その「狂気」に直感的に気付いているから女の子はママの後ろから覗き見する格好になる。

(A) たしかに音楽やダンスが持っている「狂気」はよく飼い馴らさないと危ないと感じることもあります。

(B) そうかー、ミュージシャンは「山」の中でプレイしているだけじゃ駄目なんだな。 やっぱり「平地」に降りて歌うからこその役割もある。

(A) じゃあこの曲みたいに、 願わくはミュージシャンは「ハンサム」であって欲しいですね(笑)。

(B) 伝統的にはそうだね(笑)。 残念ながら(?)自分はそういう担当じゃないけど、 見た目がどうという話じゃなくて、ミュージシャンのフロントの人は格好よく見えるよね。 いずれにしてもちょっと野性的な感じが魅力になるということはあるんだろうね。

(C) やや図式的にまとめると、 ここまでの話で越境と混淆というテーマが見え隠れしています。 秩序立った「平野」の世界を混ぜっ返すのが「山」の力だとすると、 音楽家というのは「山」の使者で、 「平野」でダンスを踊るのはその狂気に触れてしまった街の人っていう構図ですね。 単純な対立でも統合でもなく、 それぞれが自律しつつ相補関係を結んでいるとでもいうんでしょうか。

(A) なんだかまるでパートナワークの話みたい。 音楽自体にもリード・アンド・フォローみたいな関係があるのかもしれませんね。

(B) 「平歌」と「山場」の関係とかコール・アンド・レスポンスとかは同じことじゃないかな。 ダンサと音楽家の間にも「平地」と「山」の関係があるかもね。

(C) ダンスフロアは「平野」=街の側にあるんですね。 そしてフロアは平らでなければならない、と。

(B) バンドスタンドが一段高くなっているのもそういうことかな? 音楽家は丘から、だからね。

(A) ちょっとこじつけ感もあるけど(笑)。

(C) そうですね(笑)。 でもこうして、記号的な意味を考えていくのはわたしは面白いです。 意外に音楽の起源とパートナダンスの関係が相似になっているかもしれないのも発見でした。

さて、そろそろ時間になったので今日はここまでですね。 ありがとうございました!

(B)(C) ありがとうございました!

posted at: 2021-11-01 (Mon) 00:00 +0900