Merengue Panic


デビューへの道

ソーシャルダンスの世界には「フロアデビュー」、「クラブデビュー」 あるいは「ソーシャルデビュー」という言い方があります。 ある程度パートナダンスのレッスンを受けた初心者のリードやフォローが、 初めてフリーで踊るソーシャルの場所へ出掛けることです。

誰でも初めてソーシャルにひとりで行くようになるのはドキドキするもの。 過度に怯える必要はまったくありませんが、 ここではとりあえず知らないフロアにも飛び入りで出掛けられるようになるための、 最低限の技量や知識・心構えがどのようなものであるかを考えてみましょう。

なお、ソーシャルデビュー以前に全く初めてサルサやメレンゲに触れるという人には、 『泡っぽい初心者ガイド』の FAQ も参考になるかもしれません。

social dancing
from wikimedia.org

心構え編

ダンスパーティは音楽のかかったフロアでお酒を飲んだりお喋りしたり踊ったりする空間ですが、 社交の場といってもそこで必要なマナーは日常生活のそれとほとんど変わりません。 大事なことはお互いを尊重しつつ、出来るだけ皆が気持ちよく過ごせるように必要な配慮はする、 それだけです。 フロア外の上下関係や権威などはダンスには関係ありませんので、 国籍・皮膚の色・学歴・職業・社会的身分・性別・年齢などによる無意味な差別は無用です。 パーティに参加する一人びとりが個としてお互いに即興的な関係を作っていくのが サルサのダンスパーティです。 パーティには多様なバックグラウンドの人がいますし、 楽しみ方やスタイルも様々です。 以下は、その最大公約数としての「テーブルマナー」を記述すればこう書ける、 という程度のものです。

相手をリスペクトする

相手の立場で相手が不愉快な思いをしないようにする、 というのはダンスフロアであるかどうかに関わらず普通の話。 ただ、お互いがお互いを個人としてよく知らない者同士の集まりであるダンスフロアでは、 家庭や仕事場以上に、この点を強調しておく必要があります。 とりわけラテンパートナダンスは社会的にも経済的にも文化的にも多様な背景を持った人が 一同に会するというのが特徴でもあり、 バックグラウンドのみならずダンススタイルや技量においても様々な人がいます。 人によってはこの点がちょっとタフだと感じる人もいるかもしれませんが、 普段の生活では会えないようなタイプの人と出逢える魅力もあります。

自分もしっかり楽しむ

ダンスは初心者だとしてもパーティでの楽しみは他にもあります。 お酒を飲みながらお喋りする、これだけでも充分に楽しいはず。 その上でダンスに挑戦してみる場合は、 ダンス相手や周囲で踊る人たちの反応を見ながら、 無理のない範囲で踊ってみましょう。 あるいは、いきなりパートナダンスというのはなかなか難しくても ソロダンスなら楽しむことができるかもしれません。 せっかくのパーティですからずっと緊張していては息が詰まります。 ヴェテランさんたちが踊っているのを見学したり、 音楽に耳を傾けたりするのも一興。 自分のできる範囲で楽しもうとしてみてください。

知識編

パーティに参加するのに必要な知識はそれほどありません。 ただ、特定のジャンルの音楽がかかった空間で特定のスタイルのダンスを踊ることになるので、 どんな音楽があるのか、どんなダンスなのかくらいは知っておいてもいいかもしれません。 とはいえ、最初に何も分からないとしても、 しばらくパーティに参加していれば段々身に付くものですのであまり心配する必要はありません。 いろいろ失敗したり上手くいかないことも最初はあるでしょうが、 そうした経験も後で笑い話になりますから、 1度しか経験できない初心者期間を楽しむくらいの気楽さで行きましょう。

それでも一応パーティ独特のマナーや慣習というのもありますから、 以下でチェックしてみてください。

パーティの情報

パーティに参加しようと思ったらパーティの情報を調べなければいけません。 レッスンをとっているならそこのインストラクタやレッスン仲間に訊いてみてください。 こればかりは人づてに聞いた情報が一番信頼できます。 ネット上には様々なパーティ情報が上がっていますが、 なかなかそれだけで雰囲気を掴むのは難しいかもしれません。 ラテン系のダンスイヴェントの雰囲気や参加者の顔ぶれは、 時と場所が違えば全く違ってくるので、 最初はなかなか自分に向いたパーティを探すのは苦労するものです。 慣れてくればどんなパーティにも飛び込みで入っていける自信もついてくるかもしれませんが、 それまではできれば誰か先達のガイドがあると安心です。

持ち物

パーティに参加するのに必要な持ち物はほとんどありません。 最低限、外に出られる格好なら服装も何でも構いません。

ラテンダンスは比較的ラフなので、 カジュアルな格好で何も問題ありませんが、 パーティですから普段よりオシャレを楽しむこともできます。 好きな人はどんどんドレスアップして踊りましょう。 そして、オシャレに関心のない人もオシャレして踊る人が一緒に踊りたくないような 格好だけは避けるようにするのがマナー。 少なくとも清潔感のある格好にしておくのは自分のためではなく、 踊ってもらうパートナのために必要です。

靴は専用のダンスシューズを持ち歩く人もいますが普段の靴のまま踊る人もいます。 ヒールのあるサンダルはフォローをする女性の一般的な足元ですが、 初心者のうちはこだわる必要はありません。

それ以外で必要なのは衛生用品。 汗をかく人は着替え・制汗用品・うちわなどを持っておくと安心です。 ご飯を食べた後にパーティに行く人は歯ブラシやガムを忘れずに。

誘い方と誘われ方

パーティでの最初の関門は踊ってもらう相手とのパートナアップです。 これはカップルダンスでもジャンルごとに慣習が違っていて、 あるジャンルではひと晩ずっと決まったパートナと踊り続けるものもあれば、 別のジャンルでは数曲ずつまとめて同じパートナと踊り、 また別のパートナと数曲踊る、というケースもあります。

ラテンクラブダンスのパーティはカップルでなければ参加できないタイプのジャンルとは異なり、 男性も女性も1人で気軽に参加できます。 もちろん同性や異性と複数人で参加しても構いません。

サルサやメレンゲがかかっているフロアでは1曲ごとにパートナを交代します。 ですから普通は2曲続けて同じ人と踊ることはありません。 例外的に2曲踊ることがあったとしても3曲連続はまずありません。 できるだけいろんな人と踊るのが原則で、 特定の人を自分のために拘束するのはマナー違反です。

ダンスに誘うには正面から相手に向かってお願いしますと手を出せば充分です。 男性からでも女性からでも誘って構いません。 無理矢理腕を掴むとか後ろから肩を叩くというのは失礼なのでやめましょう。 ただ、よく知った者同士で確実に相手がダンスに喜んで合意してくれると 確信できるような場面なら無作法も例外的に OK かもしれません。 マナーの逸脱が逆に親密さの表明になるようなケースです。 これはフロア以外でのマナーにもいえることですが、 マナーはルールではないので、 文脈や人間関係に応じて柔らかく変化します。 当然相手を選ばずにやっていいことではありません。

誘いを断わる自由は誰にもあります。 疲れている、飲みたい、お喋りしたい、曲が好みでない、トイレに行きたい、 この曲は別の人と踊りたいなど、 断わる理由はいくらでもありますし、断わる際に理由を告げる必要もありません。 ですからダンスを断わられたからといって落ち込まないでください。 人格が否定された訳ではありません。 断わられたときに理由を訊いたり不満そうにするのもマナー違反。 断わられた人はすぐに別の人を誘って構いません。 誰かの誘いを断わった人はその曲はお休みするのがマナーとされるようです。

とはいえ、 理屈では分かっていても やはり誘いを断ったり断わられたりするのは精神的な負担になってしまうこともあります。 できるだけこうした機会を減らすための誘い方に、 目で合図を送る「カベセオ」という方法もあります。 これはとても合理的で粋な方法なので気になる方は 『ダンスフロアの食卓作法』 という記事をご覧ください。

もし、あんまり頻繁に断わられる場合はご自身に何か問題があるケースもあるので、 信頼できるダンサに相談してみるといいと思います。

初心者さんからダンスに誘うのは勇気が要ると思いますが、 初心者ですがいいですか、と一言沿えれば大丈夫です。 多くのヴェテランダンサは初心者さんをウェルカムしたいと思っていますので、 快く OK してくれると思います。 駄目だと言われたらその人は気にせず別の人を誘いましょう。 初心者であっても踊ってくれるという人に感謝の気持ちを持って踊ればそれで充分です。 どんなヴェテランさんだって最初は初心者で、 親切な上級者に沢山踊ってもらって上手になったのですから。

ちなみに、中級以上の心あるダンサに「上達のモティヴェーションは何だったのですか」 と訊くと、 何も出来なかった初心者の頃に笑顔で踊ってくれた人たちへの恩返しのために、 自分が上手くなって次の世代の初心者の人たちのために同じことをしてあげたい、 と語る人は多いんですよ。

ですから、誘われた場合はわざわざ初心者ですと断わる必要はありません。 ある程度踊れる人なら相手が初心者かどうかは既に察知しているでしょうし、 誘ってくる場合はおそらくあなたが初心者だからこそ誘ってくれているはず。 もちろん、初心者さんにだって断わる自由はありますから、 疲れているときやちょっと困る相手の場合には「すみません、ちょっと休憩中です」 と言うことは全く失礼になりません。

困った人には「足が痛い」

「踊れません」とか「初心者なので」と応じても 「いいよ、いいよ」とか「教えてあげる」 といって無理矢理フロアに連れ出されることもあるかもしれません。 とりわけ女性の初心者に対しては、 面倒な付きまといをする男性がいるフロアもあるので、 初めての場所では少しだけ気をつけておくといいと思います。 1曲を越えて拘束し、「勝手レッスン」をしてくる場合、 たとえそれが善意からの行動だとしても、 それは「教え魔」と呼ばれる迷惑行為です。 止めてもらうように言って構いません。 ただ、なかなか勝手の分からない場所で知らない人に強い態度を取るのは難しいもの。 そういうときに一番簡単なのは「足が痛くなったので休みます」という方法。 これで開放してくれない人は少ないはず。 ちなみに、稀に本当に足が痛くてこの台詞を言う人もいますが、 大概これは「これ以上あなたと踊る意志はありません」という意味の婉曲表現です。 ですから、別にその後も足が痛そうなフリをし続ける必要もなく、 別の人と普通に踊って構いません。

社交とはもともと内容ではなく形式のみを重視するコミュニケーション・ゲームの場です。 現代のソーシャルダンスパーティにも、 その伝統はこうした点に生きているといえるでしょう。

ともあれ、相手の悪意の有無に関わらず、 ダンスフロアで自分がしんどい・辛いと思うことに付き合う道理はありません。 嫌なことは嫌といっても普通面倒なことにはなりません。 もし、厄介なタイプの人がいた場合、主宰者やインストラクタなどに相談してみましょう。 万一、パーティ主宰側が親身になってくれない場合、 そのパーティは初心者として安心できない場所なので早めに退出した方がいいかもしれません。

ラテンダンスはパーティを開くのもインストラクタの看板を掲げるのも 全く何の資格も要らないダンスです。 ですから不行き届きな主宰者がいる可能性も否定はできません。 もしそうしたパーティにあたった場合は長居してもいいことはないので帰る勇気も必要です。 雰囲気も顔ぶれも様々なパーティがあるのがラテンダンスの魅力。 ひとつのパーティに自分が合わなかったからといって ラテンダンス全体を嫌いになってしまう理由はありません。 別のパーティを試してみましょう。

フロアクラフト

初心者の人もどんどん踊って構わないのですが、 気をつけて欲しいのは怪我です。 自分が怪我をしても気分が落ち込みますが、 パートナダンスでは他の人に怪我させるリスクもありますのでより注意が必要です。 周囲にぶつからないように踊る技術を「フロアクラフト」といいますが、 これはかなり熟練の必要なテクニックで初心者さんにはなかなか実践が難しいものです。

狭い場所ではリードは次の3つのことに気をつけてください。

  • ステップを小さくし、大きく踊らない
  • まだ自分が出来ないパタンを無理にフロアで試さない
  • 無理に力を使ってリードしようとしない

フォローはリード次第という部分もありますが、 ステップを小さくして、腕を伸ばさないというのを心に留めておくといいと思います。

これらを意識できれば、テクニックの不足があってもそんなに酷いことにはならないはずです。 ただ、ダンスはマルチタスクの並行作業なので慣れないうちはステップやパタンに気をとられ、 フロアクラフトがおろそかになりがち。 フォローの人は初心者である旨を伝えても乱暴なリードをされて怖い場合は、 途中で踊るのを止めることもできます。 その際はナイスなトーンで「曲の途中ですが、足を痛めたようなので休みます。」 と伝えれば充分です。 ここでも「足が痛い」は万能なので覚えておくといいと思います。

一番簡単なフロアクラフトは混んでいるフロアの場合は踊るのを避けること。 1曲休み、少し空いている場所ができるまで待つのが賢明です。 その意味では初心者の間はスペースが多めのパーティに行くのがよいと思います。 とはいえ、フロアではぶつける・ぶつかる・ぶつけられるというのは、 どんなに気をつけていても不可避な場合があります。 軽度の接触であればお互いに問題になりませんのでそれほど気にする必要はありません。 ぶつかった場合はどちらが悪くてもお互いに謝りましょう。 また、ヴェテランさんでも平気でぶつかってくる人がいますが、 歴の長い人が皆フロアクラフト巧者とは限りません。 そういう人の隣は避けて踊るようにしましょう。

手拍子

アフロ=カリビアンの音楽ではクラーベという独特のリズムで手拍子を叩く場面があります。 ダンスパーティでもバースデイの人がいる場合やパフォーマンスのとき、 皆で輪になって踊るときなどに手拍子をクラーベのリズムで叩く場合があります。 自信を持ってしっかりリズムが感じられる人は曲に合わせて叩いてもらって構いませんが、 よく分からない場合は無理にクラーベのリズムで叩かずに1357のアタマ打ちで叩きましょう。 このリズムはアフロ=カリビアン音楽の神髄ともいうべき最重要のフィールで、 簡単そうに聞こえても見よう見まねで打てるようになるものではありません。 残念ながらダンスコミュニティによっては音楽を無視し、 ずれたクラーベをみんなで叩いているケースもあるので、 それに巻き込まれないようにしてください。 ダンスが好きになったら音楽も好きになった方がきっと楽しいですから、 ちゃんと音楽のフィールを体得するまで音楽を聴き込むといいと思います。

なお、クラーベのリズムについてはメレンゲ入門の記事 『叡智への「鍵」』 を参照してみてください。 また、クラーベの感じ方を鍛えるトレーニング方法については 『ポリリズムことば』 の記事も役立つかもしれません。

NG 集

一般論としてパーティの現場では「うまい」ダンサが喜ばれるものですが、 それ以前の問題として、 一発アウトの不愉快を相手に与えるマナー違反のアイテムがあります。 逆にいえばどんなにうまいダンサでもこれらのレッドカードに引っ掛かる場合は、 ダンスフロアで「要注意人物」認定され、 笑顔で踊ってくれる人がぐんと減ってしまいます。

これらの項目をクリアしていることはグッドダンサであるための前提条件です。 自覚なく他の人の迷惑になってしまう恐れもありますから、 初心者の方はソーシャルデビューの前に一通り目を通しておくといいと思います。

ただ、他人のマナー違反を指摘するのは最大のマナー違反ということで、 歴の長い人でも誰からも注意されなかったため、 気付かずに常態化してしまっているケースもあるかもしれません。

  • 口臭・体臭がきついのはマナー違反です。
  • 清潔感がないのはマナー違反です。
  • 不穏・不審な言動はマナー違反です。
  • 感じ悪い言動はマナー違反です。
  • 教え魔はマナー違反です。
  • 相手のスタイルや技量を無視した踊り方はマナー違反です。
  • 手荒で怪我をさせそうな踊り方はマナー違反です。
  • タイミングが拍の単位でずれるのはマナー違反です。
  • 痴漢・セクハラは許されません。

ダンスの技術が身に付いていないことで生じてしまうものもありますが、 ほとんどは心構え、意識さえすれば8割方は解決できるものばかりです。

一方で、パートナダンスはひとりで踊るのではないため、 最低限の技術水準や心構えがないと相手や周りの人に迷惑がかかる、 身体的に傷付けてしまう、などの問題が生じる可能性があります。 どの程度が「水準」と見做されるかは地域やパーティごとに様々ですが、 一般に多くのサルサ場では初心者さんを歓迎してくれると思いますので、 初心者である旨を伝えれば適切に対応はしてくれるはず。

ですから、先達や案内なしに飛び込みで全く知らないダンスフロアに入ると、 やや場違いになったり、技量不足できまずい思いをするケースがない訳でもありません。 逆にいえば、そこまで含めて楽しめるようになってくれば (上手くなったかどうかは別にして) 熟練ダンサの域に足が掛かってきたといえるかもしれません。

最低限のダンス技術

例えば、四つ目殺しが分からないまま碁会所に来て対局を申し込んだり、 平均スコアが50いかない状態でボーリング大会にエントリしたりすると、 それに付き合わなければならない周りの人は困ってしまいますよね。

あるいは、野球観戦を楽しむ場合、少なくともアウト3つでイニングが終わるとか、 打者は打ったら1塁に向かって走るとか、 走者がホームまで帰ってきたら得点するとかくらいのルールは知っていないと 野球のゲームを満喫しているとはいえません。 もちろん、会場での応援の盛り上がりに昂奮するとか、 球場の名物うどんが美味しいとか、 そういう風にその場を楽しむことは出来ますが、 それは野球自体を楽しんでいることとは違います。

このように、ゲームそのものを楽しむには最低限のルールの知識は必要ですが、 だからといって審判ができるほどルールブックの隅まで理解していないといけないとか、 スコアラのように各選手ごとの対戦成績を熟知していないと 野球は楽しめない、などと言い出すとそれはそれで行き過ぎですね。

ここまでいくと逆にほとんど楽しめなくなってきます。 実はサルサダンスでもこういう人は意外に多く、 インストラクタ級の人でほとんどソーシャルに出てこない人の典型的なパタンです。 突き詰め過ぎた結果、ダンス相手・楽曲・フロアの状況・自分のコンディション、 これらすべてが理想の状態でなければ踊れなくなってしまって 年に1曲しかソーシャルを踊れない人になってしまうのです。

結局どこまでを水準とするかは人それぞれですが、 必要な最低ラインの知識・技量というものがどこかにあるとはいえるでしょう。 そしてこの最低限を理解するには多少の努力が必要ですが、 それは極端に大変なことではありません。 ギターの練習でバレーコードが抑えられるようになるとか、 外国語を学ぶときに文字と発音を覚えるようなものです。 これと同じことがパートナダンスにも言えるのです。

ところで、ソーシャルでパートナダンスを踊ることはしばしば外国語での会話に例えられます。 外国にいって心ゆくまで知らない人と会話を楽しむには様々なトレーニングが必要ですよね。 ベーシックを鍛えることは発音練習や文字の習得に相当しますし、 基本的なターンパタンの手組みを覚えるのは文法への習熟といえるでしょう。 会話を楽しむ以前に言葉が通じない状態ではちょっと苦しいですね。 もちろん、言葉を少し覚えたからといって会話上手になるとは限りません。 話術に上手くなるいうことには語学力は前提として、 レアリア(文化的な暗黙知)やユーモアが大事ですが、 これらはミュージカリティや遊び心を鍛えることに比較できます。 そして、会話相手として何より肝腎なのは聴き上手であること。 リード・アンド・フォローの能力とはまさにこの聴き上手なダンサになるための 必修アイテムなんですね。 話題が豊富なのも結構ですが、 社交における会話では、何を話すかよりもどう話すかの方がはるかに問われます。

蛇足ですが、この文脈でいえばパフォやコンペは 漫才ライヴや弁論大会といったところでしょうか。 これらに参加するのに必要な能力はまた別種のものであることが理解できると思います。

ともかくソーシャルデビューを目指す人はまず、 具体的にはベーシックステップが拍単位でずれずに踏める、 というところまでいきましょう。 その上でリード・アンド・フォロー(コネクション)の基礎を身に付けていきます。

メレンゲでいえば、リードもフォローも、 フレームを組んで一緒に回るターンやアンダアームターンくらいのパタンを、 相手に不快感を与えずにできるくらいを目指しましょう。 サルサならベーシックステップ、アンダアームターン、クロスバディリードが かたちになっていないとさすがに苦しいと思います。 ただ、サルサの場合はタイミングや軌道などが最初は難しいと思うので、 少し辛抱強く練習してみてください。 インストラクタや反対の役(リードならフォロー、フォローならリード) の信頼できる上級者からのフィードバックを参考にするとよいと思います。 コネクションについて適切にアドヴァイスするのは審美眼と経験が必要ですので、 確かな指摘ができる人の意見はとても大切です。 パートナダンスの上達にインストラクタが必要な理由はこの点にこそあるともいえます。

そしてもう一段進めていえば、踊りに少し余裕があるといいと思います。 謙虚でなければ上手くならないが、 自信がないと踊れないのがパートナダンス。 自分がいっぱいいっぱいだとどうしても上手くいきません。 リードの場合、パートナと基本の動きを実行しながら、 音楽がしっかり聴こえる、フロアの状況がしっかり観察できている、 という感じが実感できたらどのパーティでも問題なく踊れるようになっているはずですよ。 一方、フォローの人は勝手に動くのではなくコネクションで動くという感覚を、 何も考えずともキープできるようになると余裕が出てくると思います。

フロアで学ぶ

全くの初心者の方には大変なことのように思えるかもしれませんが、 やってみれば、踊り始めるのに必要な知識や技術は実際はそれほどある訳ではありません。 人や環境によってかなりばらつきはありますが、 ちゃんと練習を続けることさえ出来れば半年くらいでソーシャルデビューに必要な技量を 身に付けることができるのではと思います。

ここから先は本人の情熱次第、 もちろん本気で極めようと思えばダンスの道は果てしなく遠いですが、 デビューに必要な水準を高くし過ぎるのはむしろ逆効果です。 だってダンス技術はダンスフロアで学ぶものなのですから。 ダンススタイルのみならず、 パートナの誘い方や曲の了え方、上手なドリンクを頼むタイミングなどを含めた、 「トータルなソーシャルダンスのスタイル」を、 パーティを楽しみつつ自分なりに作っていきましょう。