Merengue Panic


D.I.P. Johnny Ventura

2021年7月28日午後3時12分、ドミニカ共和国サンティアゴの病院で、 メレンゲ界の伝説 Johnny Ventura が亡くなりました。 心筋梗塞だったとのことです。

長い歴史の中で、 Bautista Alfonseca が「メレンゲの父」と呼ばれ、 Joseo Mateo が「メレンゲの王様」と呼ばれるように、 メレンゲ界には先行するレジェントは沢山いました。 ただし "Caballo Mayor" (偉大なる馬)こと Johnny Ventura は、 そうした尊称を遥かに跳び越えて、 "Yo Soy el Merengue" と歌い、 もはやメレンゲと同義になりました。 これで誰にも文句をいわせないというのは Ventura 以外には不可能なことです。 すなわち「メレンゲ」とは Johnny Ventura の別名であり、 "Johnny Ventura" とは「メレンゲ」のことを意味します。

ドミニカ共和国で宣言された3日間の国喪が過ぎてもなお、 ラテン音楽界のあちこちから Johnny Ventura 追悼の声が鳴り止みません。

数々の追悼コメント

Juan Luis Guerra はすぐさま哀悼を表明 (Twitter へのリンク)し、 「メレンゲとは何かを教えてくれて、ありがとう、ドン・ジョニー!」と投稿しました。

また、サルサのレジェンド Eddie Palmieri は 「安らかに眠れ、我が友 Johnny Ventura 、メレンゲの王様、"Caballo Mayor" 、 ドミニカ共和国の誇り。」 (Twitter へのリンク)と投稿しています。

メレンゲの中心地がプエルトリコに移って以降の世代の最重要人物のひとり、 Olga Tañón は熱っぽく、 「わたしの神が去ってしまった」とし、 Ventura を「世界にとってのメレンゲの守護者」と称えています。 (Instagram へのリンク

あるいは、バチャータ王子 Prince Royce は 「あなたの音楽はこれからもずっと僕たちの人生のサウンドトラックに入っています。 僕たちの国の人々にとって誇りの源です。」 (Instagram へのリンク) といい、 レゲトン界のスター Daddy Yankee は、 「メレンゲの所有者にしてメレンゲの主、偉大なる霊感源」 (Instagram へのリンク) との言葉を贈っています。

これ以外にも Marc Anthony や Gilberto Santa Rosa 、 Victor Manuelle など数多くのミュージシャンたちがそれぞれ追悼コメントを発表、 偉大なるメレンゲーロの旅立ちを悼んでいます。

ふたりの Johnny

わずかひと月と少し前、 微力ながらメレンゲの魅力を発信したいという思いで本サイトを立ち上げたとき、 紹介しなければならないメレンゲーロの中で最も重要な人物として想定されていたのが、 Johnny Ventura でした。 彼の音楽、彼のスタイルこそをメレンゲの範としてもっとひろめねばならないと考えたのです。 その意味では本サイトは Johnny Ventura のファンサイト、 という性格を隠し持っていたといっても過言ではありません。 それがたったひと月で対象が去ってしまうというのはなんという巡り合わせでしょうか。

ところで、2021年2月、「サルサのゴッドファーザ」ことファニアの創設者 Johnny Pacheco が亡くなりました。 現在のラテン音楽における Pacheco の大きさはあえて言及するまでもないでしょう。 この Pacheco もまたドミニカ共和国生まれの偉大なミュージシャンでした。

わずか半年の間にドミニカーノたちはふたりの偉大な Johnny を見送りました。 人類が味わったことのある最も刺戟的で美しい音楽に多大な貢献をしたふたりの Johnny 。 ひとりは「サルサ」を作り、もうひとりは「メレンゲ」を作りました。

ただ、メレンゲ=Johnny Ventura と認識されるほどにメレンゲのアイコンだった Ventura ですが、 決してメレンゲだけを専門に歌った訳ではなく、 むしろ、サルサ界への貢献も多大であったことはよく知られています。 ダンスホールからの関心でも、 Ventura の "Dilema" は未だに最もバイラブレなサルサナンバだと主張することもできます。

いま、半年の間に Pacheco が逝き、そして Ventura が旅立ったことに思いを馳せるとき、 素晴らしい音楽、美しい音楽に、サルサにもメレンゲもなく、 なんの境界もない、と主張することは暴論でしょうか。 アフロ=カリビアンの音楽は攪拌して混ぜればどこまでも浸透して、 混淆していく音楽です。 それをサルサと呼ぶかメレンゲと呼ぶかはそのときどきの文脈が決定するだけに過ぎません。 これらの音楽を作るために多くの才能が発揮され、 多くの交感があり、 多くの実践があったのだということを肝に銘じるならば、 改めてジャンルとして展開する以前の「原アフロ=カリビアン音楽」をこそ言祝ぎたい、 そんな気持ちになってきます。

ジャンルを超えて天国で踊れ

偉大なメレンゲーロにして同時に偉大なサルセーロでもあった Caballo Mayor 。 きっともうプレスリーやジョン・レノンと一緒にあちらで歌い、 そして踊っていることでしょう。 生きていくのに必要なのは美しいことや楽しいものであることを教えてくれた Johnny Ventura に、最大限の敬意と感謝を。

D.I.P. (Dance In Peace) My hero, Johnny Ventura.